afterwards...

産むのは大変。産んだ後はもっと大変・・。

出産レポートはこちら。

出産直後〜退院
一日目。
2日〜3日目。
4日〜5日目。
6日目以降。


 

 

出産直後〜退院

怒涛の出産を終え、1時間ほど分娩室でりっきーとむろと初の家族水入らずをすごす。(その間、私の股のあいだでは助産婦さんによる縫い物が続けられていたけれども)りっきーとの初対面の感動もつかの間、極度の疲労により、私とりっきーは分娩台の上に寝たまま眠りに落ちてしまったらしい。しばらくして、私の担当医がやってきて起こされた。「おめでとう!」と手を差し出す先生。眠気でボーっとした頭のまま、握手をする私。その時気がついた。そういえば、あんた、昨日の検診の時に不安がってる私に「僕もいるから大丈夫!」とか言っといて、今頃きたんかい!あんなにかたくなに無痛分娩を拒否したくせに、あんたが出産に立ち会わないんだったら別に無痛だってよかったやん!と今になって思う。担当医は私の体温と血圧を測ってから助産婦さんとなにやら話をして出て行った。何しに来たんだ・・。

無事縫い物も終わったようで、そろそろ病室に行きますか、と声をかけられる。お願いしますというと連れて行かれた場所は6人部屋の病室。私のほかに2人ほどベッドに寝ていた。ベッドに乗り換えるときに、自分の体が満足に動かないことに気がついた。とにかくあちこちが痛い。あまり痛くてどこが痛いんだかよくわからない。とりあえずベッドに落ち着くと、看護婦さんやら助産婦さんやらがわらわらと寄って来て私のベッドの下にシートを敷いたりパンツをはかせてくれたり色々とせわしなく動いていた。しばらくするとさっきよりちょっと綺麗にされたりっきーが小さなベッドに入れられて運ばれてきた。つかれきった様子ですやすやと寝ている。その小さなりっきーを改めて見てむろと二人でまた感動にひたっていたら、「何か食べる?」と看護婦さんがやってきた。よく考えると腹ペコだ。朝から黒砂糖しかかじってないもんね。もってきたおにぎりもまだ残ってるけど、何か出してくれるって言うなら出してもらおうと、お願いした。運ばれてきたのは、むろが入院していた時に毎朝昼出てきた、食パン2枚(焼いてない)・スライスチーズ一枚・バター・ジャム。どこの病院も一緒だ。(笑)でも腹ペコだったからなんだか美味しく感じてぺロッと食べてしまった。

助産婦さんがやってきて、「おしっこはでそうか?」ときく。おしっこが出ないと後で困ったことになるから、出そうなら今のうちにトイレにいっておいた方がいいという。産んだあとに縫い物をされてから、シモの方は腫れあがっている感じがして、はっきりいってなんだかよくわからない感じになっている。なんだかよくわからないというのは、今感じているこの痛みというかしびれというか、とにかく、これは今まで経験したことのない感覚だからだ。でもまあ、出さなきゃ困るというなら出しましょう。りっきーが出てきたんだから、尿ぐらいだせるさ、とトイレに行くことにした。「車椅子をもってこようか?」といわれたけれど、立てそうだったので、「大丈夫」と立ち上がって見せた。病室の隣のトイレに連れて行かれると、看護婦が中に入ってドアを閉める。・・って、あなたの前でやるんですか。トイレまで連れてってくれて、「一人で大丈夫?じゃあ終わったら呼んでね、ドアの外で待ってるから。」なんていうデリカシーをオランダの看護婦に求めてはいけないことを思い出してあきらめてトイレに座る。看護婦はてきぱきと私のパンツを脱がせる。パンツの中には出血用のでっかいナプキン(生理の時の「多い日用」の5倍くらいの大きさ)が3枚ほどしかれていた。まずそれを取り出して、私を便器に座らせた。

「さあ、どうぞ。」と言われて踏ん張ってみる。・・が、でない。力が入らないし、へんに力を入れるといけないところが大変な事になりそうな感じがして、うまく踏ん張れない。何度かやって、駄目だったので「駄目です。」と申告した。看護婦さんが、「しょうがないわね、じゃあまた後でトライしてみましょう。」といって私に手を掛けた。その時突然目の前が真っ暗になった。便座に座ったまま体を折り曲げて、上から100kgくらいの重りで押されているような感覚に襲われた。立ち上がれない。看護婦さんが「どうしたの?大丈夫?」と言っている声が100メートルくらい遠くの方で聞こえる。ああ、これが貧血ってやつなんだ・・・と貧血初体験の私は頭のどっかでそう考えていた。気がついたらベッドに寝かされているところだった。あー、びっくりした。むろが心配そうに覗き込んでいた。

結局、今日はもうおしっこを出すのは無理だろうとふんで、導尿をすることになった。尿管にくだを入れておしっこを出す。考えただけでも痛そうでしょう?実際も、痛いんです。でも出た尿はほんのわずか。トイレで踏ん張っても出なかったのは、問題があったからではなく、ただ単に尿が膀胱に溜まってなかったからだそうだ。だったらあんな貧血まで起こしてトイレに行くことなかったじゃないか!10時ごろまでむろは病室にいたけれども、とうとう帰る時間になった。帰ったら色んなところに電話して、それから猫部屋にもアップして、とまだまだ忙しいむろ。ご苦労様です。私はその後しばらくりっきーと親子水入らずで過ごして、11時に就寝。めちゃくちゃ疲れてるし、体のあちこちは猛烈に痛いし、シモのほうもすごいことになってるみたいだけど、なんだか幸せな夜でした。

翌朝、6時半に目が覚めた。起きたとたんに襲ってくるものすごい筋肉痛。こんなところにも筋肉あるのかぁ、と思うようなところも痛い。もぞもぞしていたら看護婦さんがリッキーを連れて入ってきた。一晩たったりっきーはすでに顔がちょっと変わっていた。昨日よりしっかりした感じ。子供の成長は早いって言うけど、赤ちゃんの成長はすごいぞ。たった一晩で顔が変わるんだから。「おっぱいをあげてみる?」といわれておっぱいをあげてみる。見えないはずの目でおっぱいを探し当て、ものすごく大きな口をあけておっぱいをぎゅうぎゅう吸う。痛いくらいだ。でもまだおっぱいはでていない。昨日生まれてから何も口にしていないはずのりっきー。大丈夫なのかと看護婦さんにきいてみると、「赤ちゃんはおっぱい無しでも3・4日は生きていられるのよ。そのあいだに、何度も何度もおっぱいを吸わせてあげてね。そうすると、必ず、出るようになるから。」とのこと。そうなんだ。そういえばどっかの本に「あかちゃんはお弁当を背負って産まれて来る」って書いてあったなと思い出す。がんばって吸ってくれ。母ちゃんも頑張って乳出すからさ。

朝食が運ばれてきた。昨日の夜出されたものとほとんど変わらないメニュー。強いて言えばイチゴジャムがブルーベリージャムになったくらいか。(笑)出されたものを食べていたらむろがやってきた。疲れた顔をしているけれど、私の横にいるりっきーを見つけて顔がほころんだ。なんか、しっかりお父さんの顔つきになってるよ、もう。子供ができると親の成長も早いんだ。看護婦さんが顔を出して、退院前にりっきーをお風呂に入れるか、ときいてきた。そういえば産まれてから濡れタオルで顔をちょっと拭かれただけで、まだ産湯につかってない。なんでも、赤ちゃんの体についている体脂は体温調節ができない新生児の体温を一定に保つためにしばらくは拭き取ったりしてはいけないんだとか。産まれてすぐ産湯につけて綺麗にする日本とは考え方が全然違うのねぇ。

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お風呂に入れてもらったりっきー。気持ちよさそう。

朝10時、無事、退院。車椅子に乗せられて出口まで。腕の中にはりっきーが。今まで何度かこういう出産を終えて退院していく新米お母さんを見てきたけれど、自分がこうなる日がやっときたんだなぁと実感。昨日の朝この病院に来た時は二人と一匹家族だったのに、今は三人と一匹家族。なんだか不思議だ。長かった24時間。くたくただけど、体のあちこちが痛いけど、すっごく気分がいい。さあ、おうちに帰ろう。Nicoも待ってるよ。

1日目。

家について早速私はベッドへ。リッキーをベビーベッドに寝かしてまずはクラームゾルフに電話をかける。出産を終えて無事退院してきたことを電話に出た人に告げると、「では今日の2時ごろに看護婦を一人そちらに行かせますから。」とのこと。電話を置いてまずは仮眠。しばらくしてとしみんがお祝い第一号として駆けつけてくれた。「お祝いにカツを揚げてきたよ!」ととしみん。それはありがたい・・でも、カツってお祝いに揚げるか?受験の前の日とかに「勝つ!」って意味で食べるのはあるけど。おちゃめなとしみんである。(笑)としみん、リッキーをみてあまりの小ささにびっくり。3560gって全然小さくないんだけど、最近オランダ人の友達も出産ラッシュで、彼らの赤ちゃんを何人か見ている彼女にはりっきーはすごく小さいらしい。そりゃそーだ。そして私の顔を見て二度びっくり。なぜかと言うと私の目の周りがまるで殴られたかのように真っ青になって、両目も真っ赤に充血していたからだ。分娩中に顔に力を入れすぎるとこうなるらしい。こうならないように顔で力むなとか目をつぶるなとか色々分娩中に助産婦から言われるが、あの最中にそんなことかまっちゃいられませんって。

としみんが去ってしばらくするとクラームゾルフがやってきた。40代位の大柄な女性。どっしりしていていかにも経験豊富と言う感じ。一目見て私はこの人が気に入った。クラームゾルフとそりが合わなくて後で変えてもらったとかいう話を何人から聞いていたから、よかった!と思っていたのに、この人は臨時で、今日一日だけなんだそうだ。明日から他の人がくるという。なんだ残念。まあ、1日に2時間半しかお願いしてないから多少気があわなくても我慢できるけどな。まず、りっきーの様子をみる。まだおっぱいが出ていないことを伝えると、オムツを取り外して尿が出ているかどうかを調べる。オムツにべっとりとへばりついているのはまるで岩のりのような便。色は黒緑っぽいかんじ。胎便といって、おなかの中にいたときに飲み込んだ羊水とか分泌物とかが出てるんだそうだ。しばらくしておっぱいが出だしてちゃんと飲み始めると黄色にかわっていくんだそうだ。便の色でもちゃんと健康状態がわかるから、気をつけてみるようにといわれた。

便は出ていたが、尿は出ていないらしい。この、生まれてからの最初の尿を出すことが大事なので、おっぱいが出ていないならお水を飲ませましょうと言われた。お湯を沸かしてからいったん冷ましてスプーンで飲ませる。飲ませたのはスプーンで3杯くらいだろうか。生まれたばかりの新生児にスプーンでお湯を飲ませるってちょっとびっくりした。が、りっきーも美味しそうに飲んでいる。喉が渇いてたのね。そりゃそうだよ生まれてから24時間近く何もまだ口にしてないんだもん。最初のおしっこが出るまで、このようにしてお湯を飲ませてねといわれた。おっぱいが出れば問題がないんだよね。早く出るといいなぁ。おっぱいは出るのに4日くらいはかかるわよと言われた。出すためには出なくても何度も何度もおっぱいをくわえさせることが大事だと。それがお母さんの脳に刺激となって伝わっておっぱいが出る仕組みになっているから、あきらめずにやるのよと言われた。既に何度かくわえさせているけれど、薄い水っぽいものしかにじみ出ていないみたいで、本当に出るのか心配だというと、「おっぱいが出ないお母さんはいないから、大丈夫。」と言われて少し安心した。

つぎに私の状態を見てもらった。まず、ベッドに横になってパンツを脱いでシモの状態を見てもらった。「縫われたところは腫れているけれど、状態はいいわ。1週間もすれば腫れもひくでしょう。」と言うことだった。そこで「あの、どうも痔ができてるみたいなんですけど・・。」と言うと、「どれどれ見て見ましょう。」と見てくれた。そして「あらまあ。」といったまましばらく無言。そ・そんなにひどいんかい・・。「これはちょっとひどいわねぇ。」と一言。「ひどいですか?」ときくと、「そうねぇ、見てみる?」と鏡を取り出そうとする。あわてて、「いいですいいです!」と断った。今見たら卒倒してしまうかもしれないからやめておいた。「どのくらいで治りますかね、それは。」ときくと、「うーん、2週間くらいかかるかなぁ。」と言った後で、「いい薬を知ってるから取り寄せてあげましょうか?」という。きくとこの薬はクラームゾルフや助産婦さんの中で有名な痔の薬で、ヒルバーサムという町にある薬屋さんが独自に調合して販売している薬なんだとか。慢性の痔もちの人から、出産後の妊婦さんの痔対策としても有名なんだそうだ。ぜひお願いしますというと、その場で電話して取り寄せてくれた。明日にはつくといわれた。午前中にトイレに行ってシモを拭いた時に、感触だけでそこがすごいことになっていることを感じた。どこもかしこもぼこぼこなのだ。特に、痔と思われるものは3つも4つも列をなしていたのに恐れおののいてしまった。その薬、早く届いて治るといいなぁ・・。

その後おなかを触って子宮の戻りをチェックしてから、リッキーのための赤ちゃん用品なんかをチェックしてもらった。いくつか足りないものがあったので、リストを作ってくれてHEMA(オランダの雑貨系スーパー)に買いに行くように指示された。HEMAじゃないとだめなの?他ではうってないの?ときいたらHEMAは安いから、といわれた。その後他の助産婦やクラームゾルフに何かを買っておくようにと指示されると必ずみな口をそろえて「HEMAで売ってる」と言っていたところをみるとHEMAはオランダ妊婦系御用達なんだろう。(笑)その後むろにりっきーの世話についていくつか指示をして帰っていった。こうやって毎日クラームゾルフが家に来て赤ちゃんの様子、お母さんの様子をチェックして世話をしてくれる。その間お母さんはベッドの上で赤ちゃんと寝ながらのんびりしていればいい。このシステム、結構いいかも。

その日の夜むろがグラタンを作ってくれた。疲れてはいたけれど食欲はすっかり戻っていた。食後に体重を計ってみたら60kgになっていた。前日の朝は69kgだったのだから出産で一挙に9kgも落ちたということになる。あとはおっぱいが出て順調に母乳で育てることができれば体重もどんどん減っていくだろう。りっきーはまだ「お弁当」が残っているらしくとくにおなかがすいて激しく泣くということもなくすやすや寝ている。でも出ないおっぱいを必死に吸い付いている姿をみると切実におっぱいが出て欲しいと思う。早くリッキーのおなかいっぱいになった姿が見たい。

2日〜3日目。

sango_1.jpg (16650 バイト) 「やった!息子が生まれたぞ!」という旗。ベランダに掲げておきました。

次の日のクラームゾルフは昨日よりも若いお姉さん。やたら元気がよくて、まるで学生のようだ。リッキーをみて「きゃーっ!かわいいーっ!」ほとんど叫び声に近い声を上げる。その上、リッキーを抱き上げながら「私、中国人の赤ちゃんって大好き!小さくて可愛くてまるで猿みたいなんだものっ!」などという。「猿みたい」はともかく、中国人ってのは・・。と思いつつ「日本人だよ。」というと、かんらかんらと笑いながら「日本人、中国人、韓国人、私らにしてみればみんな一緒よぉ!」あまりにあっけらかんとしてるので、逆にちょっと好意をもった。(笑)確かにうちらにしてみてもアメリカ人の赤ちゃんもドイツ人の赤ちゃんもオランダ人の赤ちゃんもみんな一緒だわな。まずりっきーのおむつをはがしておしっこが出ているかをチェック。オムツをみてみると赤い血のようなものが。思わず「血尿?」とあせると、「これは赤ちゃんのおしっこの結晶よ。だいじょうぶ、血じゃないから。」とのこと。最初のおしっこはこんな感じの色になるときがあるという。「おしっこは出ているようだから、もう水はあげないで。おっぱいを吸わなくなっちゃうからね。」あとは自力でおっぱいを出せということか。

りっきーの様子を見た後、私に服を脱げという。シモのチェックだ。パジャマを脱いでベッドに横になるとまず下腹部を触って子宮の戻り具合をチェック。産んだ直後におへそあたりまであった子宮もだんだん小さくなっていき、産後3-4週間ほどでもとの大きさに戻ります。産後1週間くらいまではおなかの外側から触ってもわかるくらいの大きさで、もし戻りが悪かったりしていたらすぐお医者にいけるように毎日こうやってチェックしてくれます。子宮の戻りは今のところ順調のよう。その後、パンツも脱いでシモチェック。会陰切開の縫い跡は綺麗だという。が、例の「ぢ」をみて「あれまぁ。」と声を上げる。昨日のクラームゾルフといい、今日のクラームゾルフといい、こんなの見慣れてるはずのクラームゾルフがそろってこういう反応をするってことは、かなり派手になっているに違いない。「どうです?」ときくとまたもや「見る?」どうしてそんなに見せたがるんだ。お尻が腫れていていたい、と訴えると「いいものを作ってあげる。」としばらく姿を消した。持ってきたものは、パンティーライナー。あの生理の軽い日にパンツに貼っておくうすいナプキンだ。これを水に浸して冷凍庫に入れて凍らすのだという。そして、凍ったら普通どおりパンツに貼る。で、腫れている場所の熱をとるというわけだ。後でやってみたら気持ちよかった〜。かなり熱を持っているから、すぐ溶けちゃって気持ちいいのはせいぜい30分だけど、それでも寝る前に貼って布団に入ると痛みを感じないまま眠りにつくことができるのでかなりいい感じだ。お薦めです。

クラームゾルフが色々チェックした結果をなにやらノートに書き込んでいる。きくと、これは連絡帳みたいなもので、次のクラームゾルフがこのノートを見て前の日のわたしたちの状態がどうだったかを見れるようにするのだという。どうやら私のクラームゾルフはまた変わるらしい。このノートには何時にどのくらいおっぱいをあげたか、いつおしっこやウンチをしたかをお母さんが書き留めるページもある。これで授乳が十分できているかをチェックするらしい。そして今日は助産婦さんもやってくるという。助産婦さんはリッキーの体重を計ったり、必要であれば私の血圧なんかも測ったりしてくれる。もし、異常があればすぐお医者に連絡してくれる。クラームゾルフと助産婦は違う組織から派遣されているものの、彼らの関係はとても密接で、クラームゾルフも何か気がかりなことがあればすぐその場で助産婦に連絡を入れてくれるし、助産婦も呼ばれればすぐ駆けつけてくれる。日本のように病院で至れり尽くせりもいいけれど、自分の家でのんびりしながら、かつ、実生活で赤ちゃんと暮らすために初日からならしていき、その上からだのチェックや赤ちゃんのチェックもちゃんと行われるこのシステム、かなり合理的でいいものだとつくづく実感した。

夕方、母が日本から到着した。出迎えはむろ一人で行ってもらった。がちゃがちゃとドアが開いたなと思ったら母の「どこ?どこ?リッキーはどこ?」と言う声。そんなでかい家でもないのに・・と苦笑しつつ「寝室だよ!」と声を掛けると、がちゃっ!とドアが開いて「あー!!リッキー!はじめましてー!婆ですよー!」と飛び込んできた。満面の笑顔。「うわぁ、かわいいねぇかわいいねぇ。」の連発。しばらくして私を見て「ご苦労様でした。あら、ひどい顔ねぇ。」ははは。これから3週間、よろしく。その夜、リッキーは何度も泣いた。どうやら「お弁当」が切れかかってるらしい。だが、おっぱいはまだ絞るとにじむ程度しかでない。それでも赤ちゃんには十分だから大丈夫、とクラームゾルフには言われたけれど、リッキーは確実に腹をすかせ始めている。

次の日は日曜日。昨日来た若いクラームゾルフの姉ちゃんがまたやってきた。そういえば年をきくと私と同じだという。でも子供は既に5歳と7歳だって。「なんでこの仕事についたの?」ときいたら「新生児が大好きなのよ!でも自分で産むのはもう嫌だから、この仕事をしてれば毎日新生児に会えるじゃない?」とのこと。なるほど。いつものチェックの後、リッキーをお風呂に。今日はパパに入れてもらいましょう!と言うことに。彼女の指導でむろが初挑戦。既に2度ほど看護婦やクラームゾルフがお風呂に入れているのをみていたむろ、なかなかどうしてうまいじゃない。りっきーも気持ちよさそうにしている。が、そばで見ていた婆ははらはらしている。なぜかと言うと、母の時代は赤ちゃんをお風呂に入れるときに必ず耳を押さえて入れるようにと口をすっぱくして言われていたんだそうだ。だが、オランダでは(今では日本もそうなのかな?)全然平気で耳をお風呂の中につけているから、婆としては水が耳に入るんじゃないかと心配でしょうがないらしい。それをクラームゾルフに言うと、「おなかの中にいたとき、彼は水の中につかってたのよ。その間、彼が耳栓をしていたと思う?」なるほど。

sango_2.jpg (16971 バイト) いい湯だな♪

午後になって、むろの会社の上司とその奥さんがお祝いに駆けつけてくれた。しばらくして、としみん・あちょ一家・ゆーこちゃんも参加。みんなでとっておきのシャンパンをあけてお祝いした。高いシャンパンだったからという理由だけでなく(笑)、かなりうまかった。その日の夜、シャワーを浴びた後、届いた「ぢ」の薬を塗っている自分の姿をふと鏡で見て、愕然とした。試合直後のボクサーのように腫れ上がった両目、たるんだおなか、そしてお尻に薬を塗りこんでいる自分の情けない姿。風呂場を出て、リビングに行ってソファーに座ったら突然涙があふれてきた。「どうしよう、このまま醜いままだったらどうしよう、お尻が治らなかったらどうしよう、おなかがへこまなかったらどうしよう。うえーん!」突然のことにむろもびっくり。慌てて私の横に来て頭をなでながら慰める。「大丈夫、ちゃんと元に戻るから。大丈夫。」どうやらこれが私のマタニティーブルーだったらしい。ほぼ1時間で終わりました。(笑)

 sango_4.jpg (14723 バイト) 顔つきもしっかりしてきました。sango_5.jpg (15774 バイト) 田中邦衛?

4日〜5日目。

りっきーの様子がおかしい。昨日の夜は泣いて泣いて何度も目が覚めた。おっぱいを口にくわえさせるが途中で泣き出してしまう。乳首を口の中に入れたまま顔を真っ赤にしていやいやをする。間違いない、おなかがすいているのだ。彼のお弁当もそろそろ切れたのだ。でもまだおっぱいは十分に出ていないようだ。だから、イライラして泣いている。無性に悲しくなる。おなかをすかせて泣いている子供に何もできないでいる自分が情けない。

そのまま夜が明けた。今日は助産婦さんが来てくれる日だ。助産婦さんにどうしたらいいかきいてみよう。彼女が来るのが待ち遠しかった。9時ごろチャイムが鳴って、お待ちかねの助産婦さんがやってきた。部屋に通すなりすぐさまおっぱいが出ていないらしいことやりっきーがおなかをすかせているらしいことをを伝える。「まず、体重を計りましょうね。」と助産婦さんはりっきーの服を脱がせにかかった。「産まれて3〜4日で、赤ちゃんの体重はある程度減るのね。その減りが生まれたときの体重の10%以内なら問題はないわ。でも10%以上減っていたら、母乳以外の方法を考えなきゃいけないからね。」と言った。服を脱がせたりっきーをもってきたはかりで計る。「3100g・・と。生まれたときの体重が3560だから・・460gも減っちゃってるのね。これは10%以上だから、ちょっと問題ね。」たった4日にで460gも減っちゃってる!やっぱりおっぱいは全然出ていないんだ。予想はしていたけれどもショックな私。

助産婦さんの指示により、搾乳機をレンタルしておっぱいを搾乳することになった。会社にいるむろに電話をしてタイスゾルグというところでモーターつきの搾乳機を借りてくるように指示する。このタイスゾルグは妊婦用の抱き枕から自宅出産用の足を固定する器具やベビーバスなどなど妊娠出産グッズはなんでも貸してくれるところらしい。「搾乳機が届いたらすぐ搾乳して、一回の授乳に付き100ml飲ませるようにしてね。もし、一回100ml搾乳できなかったら足りない分はミルクで補って。例えば50mlしか搾乳できなかったら、残りの50mlはミルクをあげるという風に。それを一日6回ね。明日の朝、もう一度搾乳してみて、100ml出てなかったら同じようにして。もし、100ml出てたらそれからは搾乳しないで普通におっぱいからの授乳に戻していいから。」と言い残して助産婦さんは帰って行った。

助産婦さんと行き違いにやってきたクラームゾルフの指示のもとで、ラッパの形をした搾乳機をおっぱいにあてて早速搾乳。ホルスタインの気分を味わう。はじめてみる自分のおっぱいは、なんだか黄色くてドロッとしていた。婆は搾乳されたおっぱいをみて、「私のときのおっぱいはまるで米のとぎ汁のようだったのに、あなたのおっぱいはまるで攪拌すればバターでもできそうなくらいの濃度なのね!」とびっくりしていた。きいてみるとこれは最初のおっぱいだからだそうだ。もっと出るようになればちゃんと白い、さらさらしたおっぱいになるそうだ。両方のおっぱいを搾乳してみたけれども、50mlにしかならなかった。仕方なく50mlのミルクで補うことにした。りっきーはうまれて初めて哺乳瓶をつかっておっぱいを飲んだ。最初はうまく飲み込めなかったようだけれどこつをつかんだらごくごくと音を立てて一気に飲み干してしまった。おなかがすいてたんだねぇ。完全母乳で育てるとか、そんなこと何も考えてなかったけれど、不思議とミルクを飲ませることにちょっと抵抗を感じた。嫉妬みたいなものなのかな?

その後、2時間おきに搾乳を続けた。すると回数を重ねるたびに少しずつ搾乳できる量が増えていった。そして5日目の朝起きると私のおっぱいはパンパンに腫れていた。搾乳してみるとすごい勢いでおっぱいが出てくる。なんと右のおっぱいだけであっという間に100ml溜まった。それでもまだ右のおっぱいは腫れている。どうやら、めでたくおっぱい開通らしい。1日ぶりにリッキーの口に乳首を入れてみた。「ごくっ。ごくっ。」と喉を鳴らしておっぱいを飲み込む音がする。時々、おっぱいの勢いが良すぎてむせてしまう。「けほっ。けほっ。」と苦しそうに咳き込むりっきー。その顔がまたいじらしくてかわいいの何のって!(笑)しかし、出るようになったら今度はおっぱいがぱんぱんに張って痛くなってきた。りっきーもまだそれほど量は飲めないので、いつまでたっても張りはおさまらない。おっぱいを飲ませている途中もちょっとでもりっきーの口が乳首から離れると、だらだらとおっぱいがたれている。シャワーを浴びているとおっぱいがあったまって飛び出してくる。あんまり腫れて熱を持ってしまうほどだったので仕方なく、昨日はおっぱいを出すためにつかっていた搾乳機で今度はおっぱいを捨てるために搾乳することになった。ああもったいない・・。結局、おっぱいをよく出すためにいいといわれて買い揃えたブラウンビールやアニス(八角の入ったおかし)やピーナッツなんかは一口も口にすることなくしまわれてしまった。台所の流しに捨てられたおっぱいをみて婆が一言、「アフリカの難民の子供に寄付してあげたい・・。」とつぶやいた。

sango_6.jpg (17885 バイト) おなかいっぱい・・。

6日目以降。

おっぱいも順調に出るようになり、りっきーの夜起きる間隔が少しではあるけれども長くなった。おっぱいが出るまではほぼ1時間おきに起きてはぐずっていたけれども、おっぱいが出てからは2時間から多い時には3時間おきになった。りっきーは夜中起きる時に泣いて起きるのではなく、「ぐー!ぶー!」などのうなり声で目を覚ます。不思議なもんで、りっきーがうなり始めると私もちゃんと目を覚ます。むろはほとんど目を覚まさないところをみるとそれほど大きな音でもないらしいのに私はちゃんと起きれるところを見るとこれは母性本能のなせる技なんだろうな。2時間、3時間おきの授乳は大変だけれども、そのくらいの間隔で飲んでもらわないとおっぱいが張ってしまって痛くてしょうがなくなる。どうせこっちものんびり寝てはいられないからちょうどいいのだ。どうやらりっきーのおなかのすく間隔とおっぱいが張る間隔がちゃんとあっているらしい。

昼間のりっきーはおっぱいをひっきりなしに欲しがる。一回の授乳時間もかなり長い。ひどいときは40分間くらいあげたのに、30分後にはまたおっぱいを求めて口をパクパクさせているのだ。(赤ちゃんはおっぱいが欲しくなると口をパクパクするのだ。これがまた可愛い。笑)それだけおっぱいを飲むわけだからうんちもおしっこもすごい量だ。出産前に買い貯めたオムツ100枚近くが1週間でなくなった。オムツを替えておっぱいを与えていると替えたばっかりのオムツに「ぶびぶびっ!」と爆音を響かせてウンチをする。おっぱい飲んじゃウンチ、おっぱい飲んじゃウンチ。婆が「洋子のおっぱいには下剤が入ってるに違いない。」と半ば本気で言うほどりっきーの食欲とウンチの回数はすごかった。2日ぶりに訪れた助産婦さんもりっきーの飲みっぷりと私のおっぱいの噴出量にびっくりしていた。そりゃそうだ。ほんの二日前には搾乳しても両方のおっぱいでほんの50mlしか出てなくて、りっきーもおなかをすかせてひぃひぃ言っていたんだから。ところで、おっぱいを飲むようになってからりっきーのウンチの色が変わった。それまでは黒緑っぽい岩海苔のような乾いたウンチだったのに、最近はオレンジに近い真黄色の下痢ウンチだ。でもちっとも臭くない。おっぱいの甘酸っぱい臭いがするくらいだ。これだけ何度もオムツを替えているにもかかわらず、りっきーのお尻はオムツかぶれ知らずだ。(今現在1ヶ月半だけど、いまだにりっきーのお尻は綺麗なもんだ。)これには実は秘密がある。毎回お尻を拭いた後(市販のお尻拭きを使っている)、ドライヤーでお尻を乾かすのだ。たったそれだけ。でも、確実に効いてるぞ。これは9人の孫を持つ婆の姉、私の叔母にあたる人からのアドバイス。りっきーもすっかりこのドライヤーがお気に入りで、オムツ換えの最中にぐずっていても、ドライヤーをあてられると気持ちよくておとなしくなるのだ。これ、絶対おすすめです。(って、これって実は常識だったりする?)

1週間たって、私の体も随分回復してきた。顔の青あざもひいたし、シモのほうもかなり落ち着いてきた。(結局「痔」は3週間で完治した。)婆の手伝いで台所にもちょくちょく立つようになった。リハビリの意味もかねてお弁当作りを開始して、2週間目には夕飯も作るようになった。産後一週間目の最後の助産婦訪問の日、「りっきーはいつから外出させていいですか?」ときいたら「あら、まだ出してないの?今日なんか天気いいわよ!」と言われたので、2週間目にはりっきーともどもはじめての外出。さすがにちょっと足元がふらついたけど、それも2回目には何の問題もなくなった。ちょっと動くと疲れやすい、という体調も3週間目には全くなくなり、体調的には普通の生活に戻った。しかし、生活のパターンはやはり産前とは180度変わった。とにかく、りっきーで始まり、りっきーで終わる。当たり前だけれども、私たちの生活の全てがりっきーを中心にまわっている。家事も仕事もトイレもお風呂もりっきーが寝ているときかむろが帰ってきてそばにいてくれるときにしかできない。したいことの30%もできないし、出かけるにも今までの倍の時間の準備が必要なのに、りっきーの調子いかんによっては予定していた時間の半分も外にいられないことや予定変更なんてしょっちゅうだ。泣き始めたら全てが中断されてりっきーの元に走らなくてはいけない。少しくらいほおっておいてもいいのかもしれないが、赤ちゃんの泣き声は母性本能に直接働きかけるのかなんなのか知らないが、あの泣き声をきいてほおっておくことは不可能なのだ。育児は想像していたよりもはるかに大変だ。むろも私も寝不足だし、二人っきりの時間なんてりっきーが生まれてから皆無に近い。でも、不思議と苦じゃない。きっと、今が一番りっきーが無条件にかわいいときなんだと思う。もちろん、これからはいはいがはじまって、喋るようになったり歩くようになったりして、それはそれでもちろん可愛いのだろうけれど、その分手もかかってくるだろう。腹が立つことも増えてくるだろう。でも、今のりっきーはひたすら、無条件に可愛いのだ。りっきーの一生のうち、一番可愛いこの時期を、私たちも楽しんで過ごさなくちゃもったいない。りっきーが作る、どんな表情もどんなしぐさも、見逃したくない。そう思うのだ。

出産レポート、産後レポートと、長々と書いてきましたがとりあえずこのシリーズはこれで終了です。お付き合いいただいてありがとうございました。今後は普通の日記に戻ります。無事、電話線も復活したし、引越しも終わったし、少しずつではあるけれど自分の時間ができてきたので、以前のように毎日更新を目指して頑張ります。今後ともどうぞよろしく。日記の再開は連休明け(イースター休み!)来週の火曜日を予定してます。

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よろしくね。

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