2002年1月から 6月までの日記

2002年01月07日 (Mon) .......

 ■お誕生日おめでとう。

今日は父方のおばあちゃんの93回目の誕生日。でも昨日、おばあちゃんは93になる一日前に亡くなってしまいました。おばあちゃんが危ないと聞かされて日本に帰ったのが一年前の12月。「明治生まれの人は生命力が強いのよ。」と言った看護婦さんの言葉を裏付けるようにそれから1年間、おばあちゃんは生き抜いた。

前にも日記に書いたけれど、おばあちゃんは本当に粋な人だった。いつも長細いメンソールのタバコをくゆらしながらちょっと斜に構えて私たちに話しかけるおばあちゃん。「おとこなんざねぇ、教育しだいで何とでもなるよ。」と教えてくれたおばあちゃん。家事がとっても苦手で、家はいつも汚かったけれど、自分はいつもおしゃれな服を着ていたおばあちゃん。私が高校留学を決めたときに「お前が太平洋を渡って日本の外に出て行けるようにと洋子ってつけたんだ。がんばっておいで。」と言ってくれたおばあちゃん。

おばあちゃんがなくなったという連絡を聞いても私は不思議と悲しくなかった。晩年のおばあちゃんは、多分自分でも不本意な生き方をしていたんじゃないかって思うからだ。かっこよかったおばあちゃんも年には勝てない。トイレだって自分でいけなくなるし、素敵な服を着て外に行く事だってできない。記憶だってあやふやになるし言葉だってうまく発することができない。人の手を煩わすことを何よりも嫌ったおばあちゃんが、完全介護じゃなければ生きて行けなくなったとき、きっととてもつらかったんだろうと思う。

いつでも「かっこよさ」を追求していたおばあちゃんのことだから、亡くなる数時間前まで病室にいたお嫁さんに「もういいから帰りな。今までありがとう。」と言ったのも、その日の夕飯を頑として食べなかったのも、そして、93歳になる前日に亡くなったのも、きっとおばあちゃんらしい「かっこつけ」だったんだろう。いつでも「女」だったおばあちゃん、どうせ逝くなら一つ若いままで逝きたかったんだよね。

私は去年のあの日、おばあちゃんにもうお別れはしたから今回は帰らないよ。そうそう、去年おばあちゃんに会いに行ったその帰りに出会った人と、結婚することになりました。とても素敵な人だよ。きっとおばあちゃんが会ったら「いい男だねぇ。」って言ってくれたと思うよ。

おばあちゃん、お誕生日、おめでとう。天国でおばあちゃんのことずーーーっと待っていたおじいちゃんとやっと一緒に誕生日が祝えるね。おじいちゃんと仲良くね。

ありがとう。またね。

....... 2002年01月10日 (Thu) .......

 ■雑感。
今までの私の人生、いったい何度引越しをしたかしら。実家が浦安に移ったのが私が高校3年生のときで、それまでにすでに10回の引越しを経験してるし、そのあと実家は動いてないけれど私自身がいろんな場所に移り住んでるからもう数えることもできないくらいの回数だわ。だけど引越しって何度やっても慣れないし、大変よねぇ。

今回は2箇所に引越し。私物はむろの家へ。残りは会社へ。大きな家具は売ってしまったりあげたりしたからそれほどたいした量じゃないはずなのに、なーんでこんなに面倒なのかしらん。別に物を取っておくほうでもないはずなのに、どうしてこんなにたくさんのものが溜まるの?ライデンの家に住んでいたのはたったの1年なのになんでこんなに物があるの?たった1年半の在蘭でこれなのに、むろの赴任が終わっていつか日本に帰る日がきたら、いったい私らの荷物はどうなるんだろ。おーこわ。

昨日、日本領事館に電話をした。結婚の手続きについてきいたんだけど、結構時間がかかることにびっくり。私たちは婚姻届を領事館に提出することに決めている。これを「領事婚」と言うのだそうだ。婚姻届と戸籍謄本を3通ずつ、領事館に提出するとそれが日本の外務省にわたりそこから私たちの戸籍がある市役所に提出される。そこで初めて婚姻が成立。そこまでに約1ヶ月から1ヵ月半かかるんだそうだ。入籍になってもどこからか連絡が来るわけじゃないから、自分たちが実はいつからはれて正式の夫婦になってるのかは、1ヶ月半後くらいに自分の戸籍を取り寄せてみないとわからないというわけ。なんか変だね。

んで、その新しい戸籍謄本を持って日本の外務省に行く。アポスティーユという、「この文書は公文ですよ。」という証明書を外務省につけてもらってオランダに戻り、またもや領事館に出頭。そこでオランダ側に提出する書類を作ってもらって、市役所に提出。ここでやっとオランダ国内でも二人は夫婦、という手続きが完了。パスポートやオランダの滞在許可証などの名前変更もこの後から手続きが始まる。そんなこんなできっと私とむろがオランダ・日本、両国ともども正式に夫婦になれるのは今年の6月くらいなのかなぁ。オランダのことだから今年一杯くらいは夫婦になってなかったりして。十分ありうる。

....... 2002年01月14日 (Mon) .......

 ■ユーロ雑感。
今年に入ってヨーロッパで一番の大騒ぎはやっぱりユーロ導入ですなぁ。導入されてはや2週間たちますが、だんだん浸透してきた感じがしないでもない。オランダの銀行をまったく信じてなかった私は12月31日に銀行から1000ギルダーの現金をおろしておいたけれど、とくに混乱も無いようで。(少なくともオランダでは・・。)スーパーのレジなんかも、はじめの一週間くらいはみんな戸惑ってて長蛇の列、なんて事もあったけど、今はもうすっかりみんなユーロ表示にもなれたよう。すでに偽札なんかも出回ってるらしいけど、確かにみんなはじめてみるお金だから、カラーコピーなんかで多少品質が悪くてもわからんだろうねぇ。

しかし、このユーロ、大変使いづらいのは、コインのデザイン。1・2・5・10・20・50セント・1・2ユーロコインがあるんだけど、またデザインがみなよく似てる。とくに1・2・5セントと10・20セントはまったく同じデザインで大きさが少しずつ違う。財布の中に入っていると、上から見ただけではわからんからいつもいちいち出さなきゃいかん。それに1セント5セントはわかるけど、2セント、いるかなぁ。今のところ、非常に使いづらいね。

ユーロコインは各国でデザインが異なる。片面の「1セント」とかの数字が書いてある部分はみな一緒なんだけど、裏面は各国独自のデザイン。オランダは当然のごとくベアトリクス女王の横顔。しかし、当然デザインが変わるということは重さや厚みも微妙に変わってくるわけで、たとえばイタリアの自動販売機でオランダユーロを使えるか?って言うと、多分使えない自動販売機が出てくるんじゃないかなぁなんて思うんだけど。どうだろう。

オランダでは結構スムーズに行ったこのユーロ導入、他の国では色々問題があったみたいよ。むろの友人がこの正月にイタリア・フランス経由
でオランダにも一日だけ遊びに来たんだけど、そのときに彼らが言っていた。ユーロ対応のはずの銀行カードがまったく使えなかったと。それは日本のカードだから、しょうがないのかな、って始めは思ったらしいんだけど、よく見ると現地の人でも使えない人が結構いたと。それと、ユーロで買い物をするとリラでおつりがきたとか。オランダではギルダーではらうとユーロでおつりがくる、ってのはあったけど、ユーロではらってリラでおつりが来ちゃうと、困るよねぇ。特にリラみたいな通貨は、1000リラとかおつりもらっちゃっても後で換金もできやしない。だって、200円くらいでしょう?手数料で足がでちゃうよ。(笑)

土曜日にアルバートハインに買い物に行ったとき、カートを使おうとカート置き場に行った。オランダのカートは1ギルダーコインを入れて鍵をあけ、終わったら鍵を閉めて1ギルダーコインを返してもらう、という使い方をする。ユーロが導入されてからはギルダーコインか50セントユーロコインどちらでも使えるようになっている。で、カート置き場でコインを探していたら50セントコインがなくて1ギルダーコインしかなかった。それを使おうとしたら後ろからカートを返しに来たお姉さんが、「このカート渡すからお金ちょうだい。」と来た。よくあることだから、「ああ、ハイ。」といってギルダーコインを何気なく渡したら、受け取ったお姉さん、ギルダーコインを見て「ちきしょ!ギルダーじゃないの!」。言われて気づいたよ。今、ギルダーコインもらっても困るだけだもんねぇ。(笑)

2種類のお金を使い分けるのも結構大変だ。

....... 2002年01月15日 (Tue) .......

 ■KPN。

KPNって知ってます?オランダのNTT。電話会社ね。オランダの郵便局、PTTのサービスが悪いのはみーんなご承知。郵便物がいつまでたっても届かなかったり、なくなったり。でも電話会社のKPNだってPTTに負けないくらいサービス悪いっすよ。引っ越すたびに思うね。この国の公共サービスって発展途上国以下だねって。

去年ライデンに引っ越したときも、電話線を引いてくれるはずの日に工事の人がやってこなくて、その後1週間待たされた挙句に、着たと思ったら「工具を取りに行って来る。」と言ったきり帰ってこなかった、なんて事がありました。(その後さらに1週間待たされた。)今回はもともと電話線のあるビルに移るわけだから、電話番号の移行だけだし、なんも問題ないだろう、と思ってたんだけどね。ま、オランダの公共サービスの悪さを甘く見ちゃいけないなって事を再確認したね。

私の新しいオフィスには、その建物が持っている電話番号がすでにあったので、私の電話番号は契約と同時に振り当てられている。だから仕事には支障がない。で、ライデンの電話番号を解約するわけなんだけど、その後3ヶ月くらいにわたって「この電話番号はxxxx−xxxxに変わりました。」というアナウンスが流れるようにしたかったので、まず町のKPNに行ってみた。すると、ここではできないからこのフリーダイヤルに電話しろ、と言われた。これが、オランダ名物「たらいまわし」の第一歩ね。

で、その電話番号に電話する。全部事情を説明した後、当然のように「ここではその処理はできません。」とくる。で、他の番号に電話させられる。フリーダイヤルのその番号は係りが出るまでにたいがい10分から15分はかかる。その間、受話器を持ったまま鼻くそでもほじってるしかないわけだ。(ほじってないけど)んで、やっと係りがでてまた事情を話す。今回の係りの人は今までの係りの人にないすばらしい対応をした。「できません。」そう一言だけ言って「がちゃん。」と電話を切ったのだ。

オランダ人の対応の悪さになれてる私もさすがにこれにはあったまきた。一言文句言ってやろうとすぐさま掛けなおすけど、「ただいまこの電話は大変込み合っております。順におつなぎしますので・・。」思ったんだけど、これはあいつらの策なんじゃないかな。本当は電話は混み合ってなんかいない。でも10分20分も待たせればこうやって怒りも静まっちゃうもん。

案の定、やっとつながったときには怒りも静まってしまっていた。仕方なくまた説明を始めると、なんとこの係りの人は「それでしたら今からファックスをお送りしますので、それに必要事項を記入して送り返してください。」と言うじゃありませんか。あああ、よかった。ファックス番号を伝えて電話を切る。はじめっからこの人に当たってればよかったんだよなー。

待てど暮らせどファックスは来ない。そーか、まだ安心しちゃいけなかったんだ。またあのフリーダイヤルに電話するのかと思うとうんざりする。どうしようかなぁ・・と思いつつ数日がたった今日。KPNから古い電話番号の解約手続き完了の手紙が舞い込んだ。おい。おい。まだ手続きしてねーよ。あわてて自分の古い電話番号に電話する。「この番号は現在使われておりません。番号をお確かめの上・・。」

確か、電話番号変更の手続きには2週間くらいかかるからその間は古い電話番号の解約してはいけない、って言ってなかったか?どうすんだよ。解約されちゃったらもうその手続きできないじゃん。何もしらないお客が電話してきて「この電話番号は現在使われておりません・・。」って聞いたら、うちの会社つぶれたと思われちゃうじゃん!!!

どーすんだよっ、KPN!!

・・・とりあえず、フリーダイヤルにかけなきゃだめなのね。とほほ。(涙)

....... 2002年01月16日 (Wed) .......

 ■子供。
もうすぐ結婚するわけですが、私。
最近妊娠・出産のことを考えちゃったりしてます。
子供を産むのはどこの国でだって大変な事なんでしょうが、オランダで子供を産む、ってもしかしたらすんごく大変なんじゃないかなんて不安になっちゃったりもしてます。だって郵便局に荷物なくされちゃったり電話局に勝手に電話番号解約されちゃったりする国だよー。何されるかわかったもんじゃない。お医者だって薬くれっちゅーとんのに何があっても絶対くれない奴らばっかりだし。(かなり疑心暗鬼)

オランダは助産婦さんが主流なんですってね。っていうか、オランダには産婦人科っちゅーものは存在しないみたいよ。助産婦がついて、出産するときにそういう施設のある病院に行って産む、と。ハウスドクターでも産めるのか?それに、なーんとオランダには男の助産婦さんだっているみたいよ。男の助産婦さんなんて、すっごく変じゃない?さすが男女平等の国・・。でも妊娠出産を絶対に自分で経験することのない人に色々教えてもらうのってどうなんだろう・・。助産婦さんって自分で選べるのよね?男の人だったら変えてもらうなぁ、やっぱり。男の人に「今日はちょっとおりものの色が・・。」なんて言えません!!!(こんなところで書けるなら言えるか?)

オランダで出産しても産まれたらすぐ家に返されちゃうんですってね。だから自宅出産する人も結構多いんだそうだ。どうせすぐ返されちゃうなら病院にいることもなかろう、って事なんだろうけど。オランダ人の考え方に「妊娠出産は生理現象の一つ」というものが根強くあるからか、あまり日本のようにやれ定期健診だの出産教室だのなんだのはないらしい。いや、定期健診はあるみたいだけどエコーとかは特に異常がない限り使わないみたい。日本なんて毎回毎回エコーみてない?(出産経験ないからわからんけど)妊娠中にお医者に行っても特に何をしてくれるわけでもないらしい。オランダで出産した人のある手記に書いてあったけど、「オランダ人は医者は早期の流産は自然淘汰の結果と考えている。」ということで、流産の危険性があるといっても日本の医者のように入院だの投薬だのはしてくれないらしい。ま、考え方もいろいろあるけどねー。

とにかくすべてにおいて自己管理を問われる国だから、妊娠してるからって特別扱いしてもらえるわけじゃないようで。日本だと妊婦は誰よりも何よりも一番大事にしてもらえるもんだけどね。まあ、確かに病気じゃないんだからそんなに過保護にしてもらう必要もないんだろうけど、でもやっぱ不安だもん、色々と定期健診とかあったほうが気が楽だよね。私なんて超心配性だもん、オランダのやり方だと不安で不安でしょうがないかも・・。

でもだからといって日本で産む、っつーのもね。だいたい日本帰っちゃったら産んだ後なかなかこっちに帰ってこれないよ。そんな生まれたばっかりの子供つれて飛行機乗るのもどうかと思うし。それに当然そんなに長い間旦那も日本に帰れるわけじゃないから、親子離れ離れになっちゃうしな。それもどうかと思うし。

やっぱりオランダで出産なんだわなー。
まあ、妊娠もしてないうちからこんなこと考えてもしょうがないんだけど、やっぱね、「結婚する」となるとそういうこともちゃんと考えていかんとね。うちの旦那(予定)もそんなに若いわけじゃないからのんびりしてらんないしね。ユトレヒトのえりこちゃんがそういえばそろそろ予定日なんじゃなかったっけ?そういう先輩ママにもこれから色々話をきかんとね。先輩ママさんたち、よろしくねー。

....... 2002年01月22日 (Tue) .......

 ■結局どこも・・。
オランダに住んでますとオランダ人の理不尽さや不真面目さやいい加減さに腹がたつことしょっちゅう。「なんでこんなこともできないのっ!」って思うことほぼ毎日。オランダってほんと、最低、なんで私はこんなところに住まなきゃいけないわけ?なんて切れちゃうこともある。

しかし、たとえばインターネットなんかをちょろちょろ見てみると、海外生活している人たちのホームページなんかがたくさんあるでしょう?そういう人たちのページにも、やっぱりその国それぞれでおきている「非常識さ」みたいなものが満載されている。どの国でもおんなじなんだなぁ、なんて思ったりして。

そういやぁアメリカにいたときはアメリカ人にやられっぱなしだったよなぁ。あまたある悲しい(?)思い出のなかで一番腹ただしかったのは、入国審査。なんであなたたち、そんなに偉そうなの?あなたは偉いの?もしかしてすんごく偉いの?なんて思っちゃうくらい偉そうよね、あの人たち。

一度、日本に里帰りしてからアメリカに帰ってきたときの入国審査で、その前の学期に大学の学部を変更したことをすっかり忘れて、質問で「どこ大学の何学部?」ってきかれて古いほうの学部を名乗っちゃったことがある。でも学校からの再入国用の書類には当然新しい学部名が書いてあるでしょう?それまでは「留学生か、つまんねぇなぁ、ちっ。」みたいな顔して頬杖ついて話しかけていた黒人のお姉ちゃん、私の間違いを聞いてぱっ!と目を輝かした。

「心理学専攻ってどういうことよ!ここにはビジネスって書いてあるわ!どういうことかせつめいしなさい!」あまりの剣幕にびびった私は「え、あの、それは前の学期に学部を変更して・・(尻すぼみ)。」するとお姉ちゃん、細かーく編んだ三つ編みを振り乱してこう言った。「何を言っているの?心理学からビジネスに変更する人なんていやしないわよ!」いや・・それは・・どうでしょう・・。いるんじゃないかな。いるでしょう。実際にいるし。

「違うんです、最初は心理学を専攻していたけれど、どうも自分にあってないなってことに気がついて、だったらやっぱり後でつぶしのきくビジネスがいいんじゃないかな、なんて思い直して・・。」と、大学で学部を変更したときでさえしなかった説明をする私に彼女は「とにかく、あなたの言い分はまったく信用できないわ。今の状態で入国は認められないからあちらのオフィスに行ってちょうだい!」と言い放った。

なぜだぁ〜。心理学からビジネスに専攻を変えることはそんなにまれなことなのかぁ〜。そんなに怪しいのか〜。飛び交う疑問を抱えながら指差されたオフィスに向かう私。後ろで延々とまっている入国希望者をものともせず、お姉ちゃんはばたんっ!と席を立ち、私の後からずんずんとついてくる。連行されてるみたいだぁ〜。

その後どうなったかって?そりゃ、入国できましたよ。だって単なる「言い間違い」なんだもん。そのオフィスの係員が学校に電話して確認して無罪放免でんがな。なんでこんなたった一つの言い間違いでここまで引っ張られなならんのか〜。アメリカでは言い間違いにはくれぐれも気をつけましょう、と実感したわけでした。

ま、どこの国も結局同じなのね。繊細な日本人には戸惑うことも多いけど、慣れるしかないのよね。だってオランダ人だってイギリス人だってアメリカ人だって、この理不尽さの中で心病むことなく生きているもの。がんばろう・・。

....... 2002年01月25日 (Fri) .......

 ■あと3日!
今日でパーティー前最後の日記更新。
あと3日ですよ!

さて、行ってきましたエステティックサロン。
アムステルフェーンにある、明日香という日本料理やさんの正面にある、Zeewindというタラソテラピーのサロンです。理奈さんに紹介してもらいました。

15:30に店につくと、オランダ人には珍しい(?)、とても肌のきれいなお姉さんがお出迎え。(そりゃ、エスティシャンだもんな)日曜日にウェディングがあるんだというと俄然張り切っていろんなコースを説明してくれました。とりあえず、「スーパースペシャルフルコースで行くわよっ!」と気合を入れるお姉さんについていく私。

まずはじめは「ジェットストリームなんたら」なるもの。なんでもすごい水圧を体に当てて、血行を良くするとか。これをするとしないとではその後の工程の効果がぜんぜん違うんだと。すっぽんぽんになってその部屋に入る。シャワールームのでっかいの。「用意はいい?」と声をかけられて振り向くとそこにはさっきのお姉さんがまるで消防士が持つような太いホースをもって構えている。「壁に手をついて後ろを向いて。」言われるままにそうすると、水がどしゃーっ!と体に当たる。

いってぇぇよ〜!!!
あの、映画でよくみる、囚人が刑務所に入ったときにまずはじめに受けるホースでの洗浄?あんな感じね。水圧のすごさに体がよじれる。でもお姉さんは平然と、「はい、足をもっと開いて。」とか「前向いて。」とか指示をする。最初は水圧のすごさにびっくりしていたものの、慣れてくると結構気持ちいい。華道でつかう剣山?あれでちくちくとマッサージされてる感じかな?

5分ほど囚人の気持ちを味わったあと、次の部屋へ。今度は海草パック。ヒーティングされたベッドの上に横たわるとお姉さんが緑色の泥を体中に塗りたくる。つべだくできぼぢいい・・。塗り終わるとぐるぐるとサランラップのでかいやつを体に巻きつけてすっかりスマキ状態。いや、太巻きか?20分ほどそのままじっとする。ぽかぽかして気持ちよい〜。お姉さんに揺さぶられるまで完璧熟睡。

シャワーを浴びて泥を流す。「肌がちゅるちゅるになってるわよ〜。」とお姉さんにおだてられながら次はフレイシャル。顔中にオイルだのクリームだの塗られた後に、毛穴に溜まった脂肪を吸引。手作業で一つずつひねり出していく。いででででで。その間、お姉さんとおしゃべり。なぜか話題は食べ物へ。「マヨネーズのたっぷりかかったフレンチフライがたべたいわー。」とお姉さん。「わたしゃビックマックとチキンナゲットだね。」と私。とてもエステティックサロンで行われている会話とは思えません。

爪をきれいにしてもらって仕上げは背中のマッサージ。これが気が遠くなるほど気持ちいい。時間よとまれ〜。最終的に服を着てお金を払ったのが7時を回っていた。3時間半、みっちりと磨きこんでいただきまして、180ユーロ、約2万円。これは高いのか安いのか?私は日本の相場なんて知らないからなんとも言えんけど、個人的には安いっ!だからまた来るぞっ!絶対来る!だって、本当に気持ちいいんすよ!在蘭の奥様がた、お勧めです。あ、ちなみに男性エステもやってますからそこ、旦那様方もぜひどうぞ。

んで、こんな感じになりました。
 ←エステ前  ←エステ後

違い、わかるかな?あんま変わってないか?(笑)

さて、決戦は日曜日です!
次の更新は来週火曜日(予定)。

皆様も、スーパースペシャルな週末を!

....... 2002年01月31日 (Thu) .......

 ■ほっと一息。
いやぁ、怒涛の一週間だったなー!
やっと昨日、残りの家族も帰路につき、むろと二人っきりの穏やかな夜を迎えることができやした。しかし、それにしても忙しかった・・。結婚しきってこんなに忙しいもんなのねー。でも、楽しかった!

結婚式の当日は緊張もなにもなくて、ただ忘れ物をしないようにしないように、そればっかり考えてたよ。うちに泊まっていたイギリス人のナタリーが、「なぜ結婚式の前の日の夜もあなたたちは一緒にいるの!洋子はホテルか友達の家にでも泊まっていなさい!」とショックを受けていたけれど(欧米では一緒に住んでても結婚式の前の日は一緒にいないようにするんだってね)そんなこといったって、うちに客人はわんさかいるわ、忙しいわでそんな悠長なことしてられんのだよ!

式が始まってからも、新郎新婦は机を動かしたり自分でレストランのウェイトレスに指示したりと、なかなか忙しい。普通、結婚式って新郎新婦は高砂にちんまり座ってお客さんがお酒を注ぎに来たりするのをにっこり笑って受けたりしてればいいだけなんだけど、なんてったって私たちの式は手作り式ですからね。その上私とむろの段取りの悪さのせいで、当日変更が山ほどありました。(笑)あれほど忘れ物をしないようにしないようにと注意したにもかかわらず、怪獣家へのお礼の品を持ってくるのをすっかり忘れ、ピンチェママとその彼氏に車で慌てて取りに帰ってもらったり。もうぐちゃぐちゃ。(笑)

しかし、式は和やかにかつ、めちゃめちゃ楽しく進んでいきましたね。花嫁がこんなに大口開けて笑っちゃいかんだろう、っつーくらいの写真がいろんな人から送られて来てます。ちょっとみっともないけど、でもそれだけ楽しかったのであります。あとでいとこが撮ってくれたビデオを見たんだけど、まあ、花嫁の態度のでかいことでかいこと。せっかくあんなにきれいなドレスを着ているのに、大股で歩くわ、皆さんの前でふんぞり返って足を組んでるわ、平気でブラのずれを直してるわ、耳の後ろをしょっちゅうかいてるわ、もう正視できませんでした。ちょっとこれには私もかなり反省。日本でのパーティーは、むろの親戚連中なんかも来るからねー。かなりもうちょっとおとなしく花嫁らしくしておかないと・・。あああ。

うちのNico爺婆もそりゃあもう楽しんでくれたようで。爺は私が入場した瞬間から泣いていたらしい。(笑)挨拶に行っても「洋子の顔を見ると泣ける。」といって会場中逃げ回っていた。何をしてるんだ。(笑)こんどの日本のパーティーはNico爺婆主催だからね。どういう趣向でいくのか、こっちも楽しみ。しかし、こんなにいいパーティーを先に見ちゃうと、やりにくいだろうなぁ。へへ。婆は「あのドレス、とっても素敵だったけど、日本ではもっと派手なほうがいいからもう一着着ましょう!」なんてドレスで盛り上げようとしている。婆、それは約束違反でしょ。

家に帰って、あまりの体の凝りように、肩をもんでくれたLizzyもびっくり。緊張してないようでいて実は体中がちがちに固まってたんだなーと実感。次の日、腹筋の辺りがかなり筋肉痛。これは猫背の背中をなんとかまっすぐにしていようと力を入れていたのが原因と見受けられます。あと、顔もなんかいっぺんにしわが増えた気がする。これはカメラを向けられて作った笑顔のせい?思わぬところで思わぬ筋肉を使ってるもんだ。

何はともあれ、本当に楽しい一日だった。何度も言うけど、あんなに楽しいなら、何度やってもいいなぁ。

....... 2002年02月05日 (Tue) .......

 ■引越し完了!
先週の土曜日に、無事ライデン引越しも完了いたしやした。
実はその時点までまだ結構物が残っていて、本当は売りたかった家具なんかもまだあった。ばいばいねっとという在蘭邦人用のネットで物を売り買いできるホームページで、ベッド・テレビ台・ソファー・オーブンレンジなんかを売りに出したんだけど、結局売れたのはレンジだけだった。

とりあえずむろの会社の人に少し大きめの車を借りて、もってける分だけもって帰ってきて、クイーンズ・デイにでも道端で売れ残った家具でも売るかぁ、なんて思ってたんだけど、ライデンの家について改めて残った家具を見てみると、でかすぎて車になんて乗らないことが判明。とりあえず、分解してみるかとむろが取り掛かるものの、うまく行かないし、それに必要な工具もない。いったいこれどーすんべー。今日中に出なきゃ行かんのにーとちっとばかりあせる二人。捨てるしかないけど、捨てるって言ってもこんなにでかいもの外に出しておいて平気かなぁ。それに捨てちゃうのはもったいないなぁ・・。

とりあえず、もともと捨てる予定だった椅子を外に出す。外においてあるごみ収集所にこっそりと置きに行こうと歩き出したとたん、向こうのほうから若いお姉ちゃんとおにいちゃんたちが私に声をかけた。「ねえ、それ要らないの?」「うん。捨てるつもりだけど・・いる?」そう答えると、「本当に?ありがとう!もしかして引越し?他にもいらないものある?」「いらないものなら結構あるけど・・。見に来る?」そうきくと若者たちの目はらんらんと輝き始めた。「ほんとに?ぜひお願い!」

ソファーを分解しようと悪戦苦闘していたむろを制し、若者たちに「ここにあるものほとんど全部いらないんだけど。」と声をかける。すると彼らは「うそ!信じられない!」と叫び、仲間ときゃあきゃあ言いながら家具を運び出していった。捨てるよりは、彼らに使ってもらうほうがいいもんね、とほっとした私はすぐさま他の作業をはじめた。まずは壊れた椅子を外に出す。あとはこれとこれも捨てるかな・・なんて思いながらふと外を見ると、さっき捨てたはずの椅子がない。あれ?あの椅子も持ってったのかな、あの子達?と道をみやるとなんとそこには自転車に乗ったオランダ人がその壊れた椅子をもって走り去っていく姿が。

他にも取っ手の取れたバケツや使わなくなったシャワー用のホルダーなんかを外に出しておくと、通り過ぎるオランダ人はみな一様にゴミ捨て場の前に足を止め、それらの物品の前で思案気な様子を見せているではないか!そんな、壊れたものもっていくんか?と思っている間にゴミ捨て場は綺麗になっていた。一方、うちの中では見る見るうちに物がなくなっていく。窓にかかっていたカーテンもカーテンレールごとはずして持っていかれた。使いかけの調味料も外に出しておいたら10分でなくなっていた。

オランダって、本当にリサイクルの国なのね。と実感した一日でした。あんなにたくさんのものが無駄にならずに済んで良かったわ。

....... 2002年02月07日 (Thu) .......

 ■ぬかみそ臭い女なんて??
昨日、むろの同僚のおうちにお邪魔してなべをご馳走になった。この同僚ご夫妻はむろが独身のころからお世話になっている二人。まだ私と付き合う前は、毎週のように通ってご飯をご馳走になっていたとか。奥さんはかなりの料理好きだし、腕もなかなかのもの。私みたいに大皿でどーんどーんと置かれる料理とは違って、小皿に「ちょこっ」「ちょこっ」とのっかる感じの素敵なお通しから始まって、とにかくおしゃれでうまい。お皿を集めるのが好きということで、出てくる和食器も素敵なもんばっかり。ここは料亭か?って感じだね。すでに何度かご馳走になってるけど、「御礼に今度はうちで・・。」って言うのも躊躇するぐらい、レベルが違う。

そして何よりも感動するのが、彼女がつけたぬか漬け。3ヶ月くらい前からはじめたらしいけど、今がちょうど食べごろ。知らなかったんだけど、ぬか漬けって、大体どんな野菜でもいいのねー。大根・にんじん・きゅうりなんかは当たり前、彼女のところではさやえんどうやセロリまで漬けちゃう。でもこれがうまーい!!あんまりうまいうまいってばくばく食ってたら、「洋子さんもどう?」とぬかセットをおすそ分けしてくれた。これでうちでもぬか漬けが!むろ、がんばって!(え?)

しかしね、日本にいたころは自分がぬか漬けを漬けてるなんて想像もできなかったね。ぬか漬け、って私のイメージでは昭和30年代のおかーさんが頭に布巾かぶって、土間なんかで着物着て(もちろんたすきがけね)、ぬか漬けようの樽の中をかき混ぜてる・・ってくらいレトロなもんだった。だいたい日本じゃぬか漬けだろーがなんだろうが、スーパー行けば売ってるし、漬けてる時間や手間を考えたらその辺で買ったほうが楽だしね。「自分で漬ける」というイメージはまったくなかった。

でもねぇ、海外生活してるとそんなことは言ってられない。私の周りでも、「日本にいたころは絶対こんなことしなかった。」って言う人がたくさん。みんな、あんこ作ってみたり、豆腐を自分で作ってみたり、シソの栽培始めてみたり、きゅうり作ってみたり、うまい味噌が食べたくて味噌を作り始めてそれが高じて商売になった人もいたりね。私だって日本じゃしたことないケーキ作りも海外に来てはじめたし、料理のレパートリーもかなり増えた。私は不器用だから他の人みたく家庭菜園だの手作りのなんとか、ってのはちょっと向いてないみたいだけど、でもそういうことしたくなる気持ちはよーくわかる。

だって、自分で作らなきゃないんだもの。(涙)
これを読んでいる日本にいる皆さん、自分が今いかに恵まれた状況にいるかということを噛み締めてくださいね。コンビニの棚に乗っかってるお漬物セットを見たら、「ああ、これ、オランダの洋子ちゃんに食べさせてあげたいなぁ。」って思ってください。(涙)ついでに、思うだけじゃなくて、クール宅急便で送ってくださるとなお良し。

今週末はぬか床づくりに励んでみるかな。むろ、がんばれー。(笑)

....... 2002年02月08日 (Fri) .......

 ■市場へ行こう!
今日は金曜日。金曜日は市場の日。
仕事前に市場によって来ました。

こんな感じの市場。アムステルフェーンの市場は結構大きな規模だと思う。毎週金曜日、セントラム(中心街)のショッピングセンターの広場で開かれてます。

チーズも売ってるよ。オランダと言えば花でしょ。普段でも安いけど、市場だとものすごく安くなってるところもある。
フルーツ屋。そしてここが、うわさの魚屋。
この魚屋は、アムステルフェーンに住んでいる日本人を目当てに立てられている魚屋。だから日本語で値段表もかかれてたりする。
魚屋のおじさん、おばさん、みんなカタコトの日本語を話して、「サンマイ?」「ウロコハ?」「マグロオイシイネ。」などと話しかけてくる。だから「内臓とってください。」なんて日本語で言っても大丈夫。魚の種類もオランダ人が食べないような日本人向けのものが豊富にある。
鮮度もなかなかよろしいと思われます。 ただ、その分料金が割高。イカとかさばとか、他の魚屋でも買えるものは他の魚屋で買ったほうがお徳かも。

もう一軒、日本人御用達の店。鶏肉専門店。
オランダ人は皮付きの鶏肉をあまり食べない。だからスーパーで並んでいる鶏肉はすべて皮がむかれた状態で売られている。そのままそれをから揚げにすると硬くてあんまりおいしくない。しかしこの鶏肉屋には皮付きモモ肉がおいてある。他の鶏肉専門店に行けば、皮付き肉を置いてないことはないけれど、ここの鶏肉屋では「カワツキモモニク」という日本語が通じる。いかに多くの日本人がこの鶏肉屋を利用しているか良くわかるね。だいたい、店に行くだけで、「コレ?」と皮付きモモ肉を指差されてしまうもの。(笑)

んで、本日のお買い上げ商品全品。

これで大体30ユーロ弱。3000円位かな?グレープフルーツの横にある赤い物体は魚屋でもらったおまけのシャケのあら。こちらではシャケのあらは捨てるだけのものだから、ただでもらえる。むろが石狩鍋作ってくれるって言うからもらってきた。こんだけ買って、これから一週間ほとんど買い足しはしないから、まあ、食費は結構安いよね、オランダは。

本日もよく買いました!
それでは皆様良い週末を。

....... 2002年02月12日 (Tue) .......

 ■誰?何で?どうする?
新しいオフィスに引っ越して早一ヶ月。ますます快適度上昇中。

ところで、最近気がついたことが一つ。ちょっと汚い話で申し訳ないんだけど、3週間くらい前かなぁ、トイレに行ったら、便器の中に流し残しが。でもね、う○こではないのね。どうやら誰かが吐いちゃったものらしい。「なんだよ、流せよー。」と思いつつ、流して、自分も用を足してそれはそのまま終了。

んで、また数日後に同じものを発見。前よりも量は少ないものの、どうもこれも吐しゃ物らしい。そして先週も一回。そして昨日も。「いったいだれだぁ?」と考えた。このオフィスは、女子トイレと男子トイレ別れてるから、当然犯人は女性。でも、このオフィスビルで働く女性って、私を除いて、秘書のナンシーたちしかいない。ナンシーたち、っていうのは、このオフィスビルを管理している会社から派遣されてくる、日替わり秘書たち。どういうシフトなのかは知らないけれど、毎日毎日、5-6人くらいの女の子たちがローテーションで回ってきて、受付席に座って、秘書的業務をしてくれてる。名前をいちいち覚えられないから、私は全部まとめて「秘書ナンシー」って呼んでるんだけど・・。

ま、その人たち以外に女の人はいないから、そのうちのどれか、と言うことになる。お昼休みになると、どこからかその女の子たちがわらわらと集まってきて一緒にお昼を食べたりしているので、よく考えないといけないんだけど、とうとう捜査線上にある一人の女性が浮かび上がってきた。

それは、その秘書ナンシーたちの中でも、飛びぬけてかわいらしく、そしてオランダ人にはめずらしくやせ気味の、ナンシー。物腰もやわらかで、「私設秘書にしたい。」って、はげちょびんのおじさんたちじゃなくても誰もが思う。でも、その子が受付に入っている日に必ず、私はトイレでゲロを流さなくてはいけない羽目になっているのだ。

誰だ、はこれで多分解明。んで、今度は何で?
まあ、考えられるのは、私と同じく万年二日酔い体質なのか、それとも摂食障害、だわな。彼女にはもう何度かあってるけど、酒臭かったことは一度もないし、頭痛や吐き気に悩まされて水をがぶ飲みしてる姿も見たことないんで、多分二日酔い体質ってことでもないらしい。そうすると、やっぱり摂食障害ってことなのかしらん。過食嘔吐かそれとも拒食症?確かに、彼女の体はかなりスリム。オランダ人にしては珍しい。考えてみると、ちょっと顔色が悪いかなぁ。

で、何で、はこれで多分解明された。(ほんとかい?)で最後の難関、「どうする?」どうする?って言ってもねぇ。たまにトイレでゲロを流さなきゃいけないくらいで、別に他に迷惑受けてるわけじゃないし、本人から相談を受けているわけでもないし・・。だいたい、私はどんなに悩み事や不安があっても、摂食障害にだけはならない自信があるから(ま、過食、はたまにあるかもしれんが、食ったもん吐くなんてもったいないことはできんな。)、彼女の気持ちをわかってあげることもできないし。

つらいことや悲しいことは吐いて捨てる、っていう気持ちもわからんでもないけど、体に負担がかかりすぎちゃうよねぇ、この方法だと。うーん。別に私が悩むことじゃないけど、受付でにっこり微笑んで座っている彼女をみると、「どうしたの?お姉さんに何でも話してごらん?」って言いたくなっちゃうこの気持ち。

とりあえず、さりげなくセンナ茶でも渡してみるかな。
ただ単に私の捜査が根本的に間違っている、という場合もありますが。

....... 2002年02月13日 (Wed) .......

 ■バレンタインデー。
バレンタインデーなんですねぇ、明日は。
日本は今すごいんでしょうねぇ。チョコレート売りまくってるんでしょうね、町のお菓子や&スーパーは。12月25日のクリスマスケーキもそうだけど、目前になって大安売りされているチョコやケーキなんてありがたみもへったくれもないんだけど、それをもらっちゃう人たちはこりゃまたかわいそうですわねぇ。まあ、本人は知る由もありませんが。

しかし、あの日本のバレンタインデーって凄いよね。テレビでも雑誌でも、最近はインターネットでもあおりまくりだよね。「今年のバレンタインは?」「バレンタイン特集!」「意中の彼をゲットする!バレンタイン作戦!」などなど。またもやクリスマスもそうですが、この時期はシングルでいることがある意味犯罪なのか?って思ってしまうほどのあおり方で、うんざりするね。まあ、そういいつつも、日本にいたときは私も今頃デパートのゴディバチョコレート売り場で並んでた口ですがね。ほほほ。

日本のこういう「海外風習のおいしいところだけゲットする」的習慣は、すばらしいと思います。日本の企業が戦後あれだけ業績を伸ばした理由はアダプテーションのすばらしさが原因だったと大学の経営学の事業で習ったことがある。SONYでもTOSHIBAでも、海外で出た新商品、たとえばテープレコーダーやVCRやCDなんかを持ってきて、小さくしてみたり、多機能にしてみたり、ポータブルにしてみたりと、もともとは他社(他国)のアイディアだったものを完全なる自社製品として改良して売り出すことが凄く上手だったんだとね。

バレンタインにしてみても、クリスマスにしてみても、各イベント本来の目的をちょっとだけ持ってきて、あとは日本用にアレンジしちゃってるわけでしょう。アメリカ人に「日本にはホワイトデーがある。」って言ったらびっくりしてたよ。海外ではバレンタインデーっていうのは、女の子が男の子に告白する日、なんかではなくて、恋人たちの日、なわけだから、男の子が女の子に花束贈ったっていいわけだ。(むろ、聞いてるかー!)だけど、日本では誰がどうアレンジしなおしたのか、2月14日は女の子が男の子にチョコをあげる日で、3月14日は男の子が女の子にその告白の返事をする日、と言うことになっている。

それを聞いたアメリカ人は「告白する、っていうのもよくわからんが、その告白の返事を1ヶ月かけてする日本人はもっとよくわからん!」と息巻いておりましたな。そりゃそうだ。時間かけすぎだよな。でも、私が学生のころは、ちゃんと1ヶ月待ったよ。(笑)1ヵ月後に校舎の裏かなんかに告白した男の子呼び出してね。「で、どう?」って。(笑)「どう?」ってなんだよ。「どう?」って。(笑)

まあ、ペコちゃんで有名な不二○とか、神戸のモロゾ○なんかが、バレンタイン、こりゃいける!っちゅーんでじゃあ、もう一日作って今度はキャンディーうっちゃろーっ!って感じだったんだろうけど、(かなり勝手な憶測)それにしても、告白されて断るときに塩せんべい、ってなんだよ。亀田製菓も便乗参加かい。塩せんべいもらった女の子は悲しむぞー。ただでさえふられて涙でしょっぱいのにその上塩せんべいかい。だれが決めたんじゃ、こんなひどい習慣!

ええ、実は私、もらったことありますよ、塩せんべい。ちっ。

...... 2002年02月15日 (Fri) .......

 ■バレンタインその後。
昨日はバレンタインデーでした。
日記を読んでくれてる皆さんも、「新婚だし、きっとラブラブなバレンタインデーに違いないっ!」って思ってたと思うのね。もちろん、初めて二人で過ごすバレンタインデーだしね、新婚だしね、当然ラブラブなバレンタインデーにするつもりでがんばりましたよ。

まず、朝ちょっと早めに起きて、バレンタイン特別弁当を作っちゃいました。本当はデンブかなんかでハート♪なんてご飯の上につくりたいなーなんてコテコテなこと考えてたんだけど、オランダでデンブを見つけるのはちょっと難しい。他にピンクなもの、っていったらゆかりとかだけど、むろはゆかりのふりかけがきらい。だからそれはあきらめて、お稲荷さんにした。(なんでお稲荷さん?)そのためにわざわざ前の日は五目御飯にしてね。五目お稲荷になるように。

それ以外にもいつもより大目にかつ、むろの好きなものばかりでおかずをつくり、デザートにはフェーンで有名なケーキ屋さんのチョコレート二つ。もちろんラブラブメッセージつきよ。どんなお弁当かは、お弁当のコーナーに写真載ってますから見てください。

むろが会社に行ったらちゃんと届いているようにと、前の日には電子バレンタインカードも送付済みにしておいたし。昨日の日記に書いた、「今日はとしみちゃんとデート。」も、実はとしみちゃんと前々から、「今日は二人でバレンタインのチョコレートケーキを作ろう!」と計画していたのを隠すための口実。としみちゃんを迎えに駅まで行って、買い物を済ませ、家に戻り、二人でハートのケーキを作る。簡単だけど結構上手にできた。

こんな感じ。
二人で、「あとは、彼らからの花束で決まりだねぇ。」なんてはしゃいでみたり。

本当はよるご飯はうちで食べるつもりだったんだけど、夕方になって、今日はやっぱり家じゃなくてどこかでロマンチックにディナーしたいなぁ、と思い直し、いろんなレストランに電話をかけまくった。しかし!電話をかけたレストランすべてに「すみません、今日はもう満席で。」と断られる。電話の向こうでみな一様に「バレンタイン当日の夕方に予約の電話されてもねぇ。」というような雰囲気がある。オランダ人もバレンタインデーにディナーに出かけるんだぁ・・とびっくり。

しょうがない、やっぱり家で食べるか・・とまたもや買い物にでかけ、吟味する。いつもお弁当を意識してついつい和風になりがちな我が家の食卓だから、バレンタインくらいは洋風にいくか、と、ミネストローネスープときのことほうれん草のスパゲッティーというメニューで行くことにした。そうだ、とっておきのワインも開けちゃえ。

食事の用意もすっかり終わり、いつもならもう帰ってきてもいい時間になって、電話が鳴った。「ごめん、まだちょっとかかりそうだけど、大丈夫?」とむろ。「あ、そう、うん、大丈夫。でもバレンタインデーなんからがんばって早く帰ってきて。」という会話をして電話を切る。そこでふと思った。そうか!これからむろはショッピングモールに駆けてって、何かプレゼントを用意してくれてるに違いない。花束くらいでいいのになぁ・・。

1時間後、むろ帰宅。「ただいまー。」と差し出した手に握られているのは空の弁当箱。「あれ?花束は?プレゼントは?」後ろに隠してるのか?と後ろを見るが何もない。怪訝そうな顔でむろが言った。「え?だってバレンタインデーは女の子が男の子に何かしてあげる日でしょ。」

「バレンタインデーは恋人同士の日。」って日記で散々前フリしておいたのに。(恕)「僕は日本人だから、日本式のバレンタインデーしかしりませーん。」だとぉ?
そうかいそうかい。じゃあ3月14日ホワイトデー、倍返しでいただきましょうかっ。

そして今さっき、としみちゃんと電話で報告会をした。
としみ「どうだった?昨日?むろさん、花束買ってきた?」
私「うんにゃっ。なーんもっ。」
としみ「うそー!むろさんもー?うちもなのよーっ。オランダ人のくせに、花一本も買ってこれないのよーっ!」
私「げーっ。そっちもなの?」
二人「
せっかくがんばったのにねーっ!(涙)

皆様のバレンタインデーはいかがでしたか?

....... 2002年02月20日 (Wed) .......

 ■ほんとに、ほんとに、ほんとにあったまきた!!!
まじで怒ってます。
今現在、あまりの怒りに手が震えてタイプがうまく打てないくらい、怒ってます。ほんとに、今度と言う今度は、あったまきたーーーっ!!!

私のアメリカの友人が、1月の半ばに「結婚のお祝いのプレゼントをこちらから送ったから。航空便で送ったから、今週中にはつくと思うよ。」という連絡をくれた。そして1月25日、仕事から家に帰ると不在通知が。そこには「配達したけれどもいませんでしたので、上記の電話番号まで連絡をください。尚、5日間たっても連絡がない場合、荷物は自動的に送り主に送り返されます。」という言葉が書かれていた。

週末をはさんで3日後、そこに書かれた電話番号に連絡をする。「自宅にはいないんで、仕事場に持ってきて欲しいんですけど。」と伝えると、「じゃあ、その仕事場の連絡先をその不在通知ともにファックスしてください。」といわれた。言われたとおり、不在通知をコピーしてその上に会社の住所と、「ここに転送してください。」と書き加え、ファックスした。

しかし、いつまでたっても荷物は届かない。数日後、また電話を入れた。電話に出たのは、前に話した同じ男の人だ。荷物が届かない、と伝えて調べてもらう。そして彼は私が密かに恐れていたことを言った。
アメリカに送り返されてますね。」なんでやねん。
「どうして?この前、ここに転送して、っていうファックスを送ったでしょう?」と私。
「・・・じゃあ、もういちどそのファックスを送ってください。なんとか取り戻してみますから。」ふざけんなよ、もう。

ファックスを再度送って数日がたった。しかし、まだ何も連絡がない。仕方なくまた電話する。電話に出た例の彼は「今、やってる最中ですから・・。とにかく、まだわからないので月曜日の朝、こちらかられんらくします。」と私に言った。

そして月曜日になっても連絡は来ない。なんで間違いを起こされた方が、電話代を使って連絡しなくちゃいけないんだこの国は、といらいらしながらまた電話をかける。すると、今度は女性が出た。事情を話すと「
ああ、彼なら月曜日からバケーションに出てるわ。」と一言。

「月曜日に連絡くれるって言ってたんですけど。」というと、「でも、いないし。」とそっけない。「じゃあ、私の荷物どうなるんですか。」怒りを抑えて質問する。「
私たちではどうすることもできないわ。もう一回、送ってもらうしかないんじゃない?

切れた。ぷちっ、と切れた。
「どうしてそんなにいい加減になれるの?彼は、彼のミスでその荷物をアメリカに送り返しちゃったのよ?そして彼は私に言ったのよ。アメリカから荷物を取り返す、だから月曜日に連絡する、って。なのになんで彼はいないの?それになんであなたはできない、って言うの!」私の剣幕の凄さに、今度は彼女が逆切れした。「そんなこといったって、できないものはできないのよ!彼がなんと言おうと、一度送り返されたものは私たちが取り戻すことはできないの!彼が間違ってるか、
あなたが彼の言ったことを意味を理解してないだけじゃないの?

あまりの失礼さに、ぶっちぎれて、「あなた、すごく失礼ね。彼の起こした間違いを私のせいだと言ってるのね?ちょっと、名前を教えなさい。あなた、なんて名前なの?」と問いただすと、彼女はこう言った。「
あなたになんか教えないわよ。

あきれて口もきけなかった。唖然としている私に彼女はさらにこう続けた。「そんなにぎゃぁぎゃぁわめくなら、
電話切るから。」ああ、もう駄目だ。この人とは話ができない。「・・あなた以外の人と話をしたいの。ボス、出して。あなたのボス。」私のこの言葉が終わるかどうかのところで、電話が切れた。

どうするよ、おい?怒りのあまり、どうしていいかわからない。でも、これから私はまた電話するよ。絶対に彼女のボスと話してやる。彼女のボスがなんと言おうと、最初の男の失敗と、彼女の非礼ぶりを謝らせてやる。こんなの間違ってる。

Nederlandse Pakket Dienst、あんたたちのことだよっ!

....... 2002年03月11日 (Mon) .......

 ■オランダの学校。

すっかり陽気が良くなりました。今日は天気も大変よろしいし、暖かい、。春の日、という感じですが、在蘭の皆様は、この天気が長続きしないは皆様すでにご存知ですね。日が出てる間に、たくさん日光浴しておきましょう。(なるほど、こうやってオランダ人化していくのね。)

さて、ホームページやってますと色々お問い合わせのメールをいただきます。で、最近増えてるのが、「オランダの大学に行きたいんですけど。」というメール。オランダの大学行くならアメリカとかオーストラリアやカナダの大学なんか行ったほうがかなり楽しいと思うんですが、まあ、世の中にはわざわざ他人の倍の苦労をしょってでも!っていう奇特な人達がいらっしゃいます。で、その人たちの共通の質問は「Hogeschool と Universityの違いは何?」です。確かにオランダの教育システムは日本のとはかなり違ってて、ちょっとわかりにくい。オランダで大学に通っていたとき「?」と思ったことも多々ある。そういうわけで、ちょっとここに説明してみましょう。

まず、オランダの子供たちは12才(小学校卒業時点)で、全国統一試験みたいなものを受けてその結果で将来進学コースにいくか、就職コースにいくか、決めとかなくちゃいけなくなる。将来なりたい職業が決まっていたら、その後にその職業のためだけの学校に行く。進学したい人は進学コースへ。とりあえず高校までみんな一緒の日本人とは違って、12歳の時点で自分は将来何になるか、を考えなくちゃいけないオランダ人の子供たちは大変。

もちろん、その後「やっぱり進学したい!」って思ったらコース変更も可能。でもロスした時間分、必要なクラスを受けなおしたりしなくちゃいけないから進学コースにもともと進んでる人よりも時間がかかる。オランダの中等教育(日本で言うと中学から高校まで)は大きく分けて3つ。一般中学校、大学進学校、職業科中学校。それぞれMavoだのHavoだの名前がついてるけどその辺はどれがどれなのか私も良くわからん。

で、どの学校に行っても卒業時に国家テストみたいなものがあって、それに受からないと高校を卒業できない。実際私の知り合いの子供は2回その国家テストにおっこってて、なかなか卒業できなくて泣きべそをかいていた。もちろん、毎年進級時にも進級テストがある。だからオランダ人の子供は小さなころから親にがみがみいわれなくても良く勉強する!

大学に進みたいんだけど、12歳の時のテストであまりいい結果が出なかった人は、まず4年制の一般中学校に入学する。で、4年後の卒業業試験にパスしたら今度はその上の5年制の一般中学校の3年生になれる。で、その一年後のテストにパスしたら今度は6年制の学校の4年生になって、そこを終了したらやっと大学、ということになる。だから12才の時点でよい成績を出していれば、最短6年で大学進学、そうでない場合はどんどん時間がかかっていく、という感じかな?(この編入学年はもしかしたら間違ってるかも)

で、6年制の学校を卒業した人は、Universityに進むことができる。5年制をでるとHoogeschoolに進める。Hoogeschoolは「職業専門大学」って感じでしょうかね?オランダでは最短4年間でUniversityを卒業することができて、その卒業によって与えられる称号は学士ではなく、「修士」です。Hoogeschoolだと「学士」。

オランダではUniversityを出てるからどう、とかHoogeschoolだからどう、ってことはあまりない気がする。結局勉強していることが違うからレベルが違う、という感じではないんじゃないかな。Universityだとそれぞれの分野においてより深い知識を得ることができて、Hoogeschoolだと即戦力をつける、って感じでしょうか。

うまく説明できたかなぁ?余計こんがらがっちゃってたらごめん!間違いもあると思うけど、大まかなところはこんな感じだと思います。あと、「オランダに留学したいんですけど、どうしたらいいかわかりません。」っていうメールもたまにいただきます。私も自分で手配して留学したわけではないので良くわからないんだけど、参考までにこちらをどうぞ。このホームページはNUFFICっていうオランダ高等教育国際教育財団のホームページです。ここでオランダに進学したい人たちのためのいろんな情報が載ってます。


そんなわけで。

....... 2002年03月12日 (Tue) .......

 ■ふんぎり。
日本の車検に相当するAPKっていうのがオランダにあります。日本と違って1年毎(新車は2年目からかな?)で一日で終わってしまうこの車検。私のJETTAくんもそろそろ車検が切れるということで、昨日フォルクスワーゲンの修理工場に出してきました。

車を出して、初めてのトラムでの会社出勤。昨日まで知らなかったんだけど実はうちの一番近くのトラムの駅から会社のある駅までトラム一本で行けたんです。天気のよい日はこれからもトラムで出勤するべなぁ、と思うほど昨日は天気も良くて気持ちよかった。しかし、会社に一番近くのトラムの駅についてびっくりした。そこにそびえる高層ビルは前々から「ありゃなんだ?」と遠くから気になっていたものの、近くを歩いてはじめて気がついた。ありゃ、刑務所だね。高い塀に無数の監視カメラ、そして窓には鉄格子。知らなかったよ。

刑務所をこんなに近くに見るのは始めての経験なもんで、ついついじろじろ見ちゃってた。するときがつくと向こうからもじろじろ見られている。鉄格子の向こうに男の人たちの影・影・影・・・。ひゃー。(汗)なんだかどきどきしながら会社へ到着。

仕事をしてしばらくすると、電話があった。修理工場からだ。もうおわったのかな?と思って話を聞いた。「Jettaですけどね、あれ、もうのらないほうがいいですよ。」「へ?」「まず、エンジンオイルが漏れてて、フィルターがオイルでべちゃべちゃです。ラジエーターもいかれちゃってますから取り替えなきゃいけないし、ブレーキも右側のブレーキはまったくきいてません。左側のブレーキも25%くらいしか残ってませんね。それから・・。」そこで彼をさえぎった。「ちょ、ちょっと待って下さい。それ全部治したらどのくらいかかるんですか?」「そうですねぇ・・ま、ざっとみて5000ユーロから6000ユーロですね。それでもそれが最低限かかる値段ですから、これからもっと長い間乗りたいっていうんであれば、あと3000は出してメンテしといたほうがいいでしょうね。」

あの車は2800ギルダーで買った車。2800ってさ、1300ユーロくらいよ。そんな、4倍も5倍も払って治す価値なんてないさ、あんな車に!

もう、中古は嫌や。私は今までずーっと中古車を買ってきて、結局モトの金額以上払って修理し続けてきた。もう、そんな生活嫌や。JAFやANBWなんかのロードサービスの会社にお世話になるのはもう嫌や。車にクーラント液を常備して走るのはもう嫌や!

っちゅーわけで、会社を4時で切り上げ、家の近所のフォルクスワーゲンのディーラーに。そばにいたお兄さんをひっ捕まえてこういった。「私の予算はコレだけ。コレで買える、一番いい、そんでもって早く取り寄せられる新車をちょうだい!」唖然としたお兄さんに「コレじゃ足りないの?足りないなら他を当たる。」と追い討ちをかけた。慌ててお兄さんは私をオフィスの中に引き入れる。「えーっと、そのご予算で一番早く来る車となりますと、Poloのこのクラスになりますけど・・。」「じゃ、それちょうだい。」

こうやって私は昨日、今までの人生で一番高い買い物をした。でもいいんだ。もうこれで「大丈夫かなー?来週修理出すまでもつかなー?」とか、走ってる最中にエンジンから煙が上がったりとか、変な音をきくと「今の私の車??」とビビる事もなくなるんだ。車って、買い換えようと思っても、走ってるうちは「まだ走るしなぁ・・。」って考えちゃってなかなか買い換えるきっかけがつかみにくいもんだよね。大きな買い物だし。

でもこれでやっとふんぎりがついたよ。あー、すっきりした。

....... 2002年03月14日 (Thu) .......

 ■ホワイトデー!
今日はホワイトデーですなっ!先月のバレンタインデーの私の苦労が報われる日なのです。見返りを期待するな!と言われてもねぇ。期待しちゃうのが凡人ってもんです。どうやら本日はむろがディナーを作ってくれるようです。私より料理のセンスのあるむろのことだから、さぞすばらしい料理をつくってくれるに違いない!!(と、プレッシャーをかける。)考えてみるとホワイトデーにまともなお返しもらったことないしな。バレンタインに手編みのマフラーだの手作りのケーキだのなんだのはいろんな男にあげてきたきたけど、ホワイトデーにちゃんとお返しくれた男はおらん!一度、担任の先生に恋をしていた私は、バレンタインデーにプレゼントをあげたら、ホワイトデーにその先生の母校のロゴが入ったトレーナーをもらったことがある。それも体育大学なんだよな、その母校。漢字でトレーナーにどーんと書いてあるし、その名前。そんなもんくれるくらいならキャラメル一個のほうがまだ使える。

おととい、家族団らん中に大家から電話があった。なんでも大家の家を借りているほかの日本人の家に空き巣が入ったんだそうな。かわいそうなその駐在員はカメラやらコンピューターやらごっそり持っていかれて、保険もかけていなかったもんだから総額8000ユーロの被害を受けたんだそうな。借りてる家は家具付きの借家だから、大家が全部保険かけてるけど、自分の所有物に関しては自分で保険かけなきゃいけないんだよね。アメリカやヨーロッパではこういう保険がすごく普通なことなんだけど、日本人にはそういう習慣があまり定着してないから、運が悪いと大損害!ってことがよくある。大家も「日本人はどうも保険をかけるのが好きじゃないみたいだね。」って言ってたし。なんかね、日本だって空き巣がないわけじゃないんだけど、盗難保険ってどうもしっくりこないんだよねぇ。あ、うちは入ってるみたいだけどね、保険。

んで、その大家が自分のもってる物件すべてに泥棒の侵入を防ぐ何かを窓にくっつけてるんだそうだ。で、今日はうちの番。何時に来るんだか良くわからんからとりあえず今日は家にいる。ところで、大家が家に来るのは、私がここに住みだすようになって初めてのこと。実は彼はNicoのことを知らない。今更「この家ってペットOKだっけ?」なんて心配になってみたりする。ソファーなんて結構Nicoの引っかき傷があったりするしなぁ。怒られちゃったらどうしよう・・。むろの記憶では猫は問題なかったはず、ってことだけど・・。

ちょっとどきどき。


....... 2002年03月15日 (Fri) .......

 ■いろいろと・・。
私たちの結婚記念日が判明いたしました。オランダの日本領事館に婚姻届を提出してから早1ヶ月以上たちました。入籍日はまだかな?まだかな?と思っていたら、昨日むろの実家のお母さんからメールがあって、私たちの入籍日が判明。2002年2月22日!んまーっ!なんか、市役所の人たち、気を利かせてこの日に手続きしてくれたの?ってくらい、覚えやすい日じゃありませんのー。ほほほっ。そんなわけで、はい、皆さんもう覚えちゃいましたね。2002年2月22日。来年の2月22日は一周年記念のプレゼント受け付けてますからね。はーい。

そのうれしいお知らせの上に、昨日はホワイトデー。むろがバラの花束と、ディナーを作ってくれました。ディナーはシーフードグラタンとトマトとモッツァレラのサラダ。むろのグラタンは私の大好物なんだけど、このシーフードグラタン、めちゃめちゃうまかった!マジで!旦那だからだとか新婚だからとかではなく、むろの手作りグラタン(もちろんベシャメルソースも手作りよん!)はまじウマです。次回の持ち寄りオフ会のときはぜったい持っていくからね!

ちょっと前にここで大激怒した、小包の件。(忘れちゃった人は2月20日の日記へGO!)おととい、会社に、ひょろっと届きましたよ。なーんの前触れもなく。あれからかなり長文プラス証拠物件添付の抗議文を例のNederlandse paket dienstに送りつけてやって、新婚旅行から帰ってきたら「抗議文受け取りました。ただいま調査中です。」というファックスが届いていた。そのままほっといたら、アメリカの友達から「その小包まだこっちに戻ってきてないけど、どうなってるの?」って。なんだと?じゃあいったいどこにあるのよーっ!と、Nederlandese Paket Dienstに電話。「アメリカに送り返した、っていっときながら、まだむこうじゃ戻って来てないっていってるよ?いったいどうなってんのよ!」とまくし立てた。

「必ず調べて今週中に折り返し電話しますから。」しかし、きたのは電話じゃなくて小包だった。
どうよ?
これが届いたときの状態。端っこが破れてるでしょう?中身は、スパイスセットだったんだけど、スパイスの一つの蓋が破損していた。これが、中身がめちゃめちゃに壊れてた、って言うならかなり勢いつけて文句も言えるんだけど、ひとつだけ、それも「蓋」、って微妙だよねぇ。

私としてはさぁ、誤りの言葉一つでも欲しいし、なんとかギャフンと言わせてやりたいんだけど、でも文句言っても「小包届けたじゃん!それ以上はもう何もできません!」って開き直ること間違いないでしょう?そう考えるとねぇ、なんかその怒りのエネルギー自体が無駄だし面倒くさい気がする・・。ああ、こうやってみんな泣き寝入りして、この会社をどんどん付け上がらせていくのね・・。どう思う?

とりあえず、皆様よい週末をー。

....... 2002年03月28日 (Thu) .......

 ■ノンちゃん
うちの一番下の弟がアメリカから日本に帰国した。例のテロ事件のおかげでせっかく就職が決まった旅行会社も大打撃を受けて、労働ビザを発行してもらえそうにもないということもあったし、うちの親の強い薦めもあって、日本に帰って親の会社を手伝うことにしたのだ。

そんな弟には7年のアメリカ生活を共にした「ノン」という猫がいる。
ノンちゃん。

ノンちゃんは、弟がアメリカに来たときに、しばらく友達もできないだろうし、さみしいといけないと思い、一緒に猫を飼おうと私が提案してアニマルシェルターからもらってきた猫だ。アニマルシェルターにも色々あって、そこにつれてこられた猫や犬をなるべく殺さないように努力してくれるシェルターもあれば、そこにつれられてきてから1週間後の朝に薬で殺す、と厳しくきめているシェルターもある。だから私たちはもし、どちらのシェルターにも同じくらい気に入った猫がいたら、「殺す」方のシェルターからもらってこようね、と話し合っていた。

しかし、弟は最初に行った「殺さない」方のシェルターで見た2匹の子猫をすでにすっかり気に入っていた。その子猫たちは兄弟で、「できれば2匹一緒にもらってください。」という張り紙がしてあった。確かにのんびりとじゃれあっている愛くるしい2匹の兄弟猫を見ていると、この猫達に決めちゃってもいいかな。という気にはなった。しかし、即決は避けねば。「あの2匹でいいよー!」と騒ぐ弟の首根っこを捕まえてもう一つのシェルターへ向かった。

「殺さない」方のシェルターとは違って、ここにいる猫や犬たちは異様なほどおびえていて、みんな鳴き声をあげていた。その声はとても悲しく、動物好きには本当に耐えられない声だ。そんな中、一匹の猫を見つけた。まだ子猫のその猫は周りの声におびえて、混乱して、小さなケージの中で自らのからの糞尿にまみれて震えていた。哀れだった。でも可愛くはなかったし、こんなに暗い雰囲気の猫はねぇ・・と思い、ケージの前を離れようとした瞬間、そばにいた係員が私に一言いった。「その猫、明日の朝、薬を打たれて殺されちゃうんですよ。」

その一言だけで十分だった。ぶーぶーと不平を言う弟を無視してその猫を貰い受けるために手続きに向かった。それがノンちゃんと私たちの出会いだった。ノンちゃんはどうやらトラウマを抱えた猫のようだった。子猫のくせに、とにかく怯えている。家に連れてきても1ヶ月くらいはじっとベットの下にうずくまって出てこない。それだけじゃなくて、なぜか壁に向かってうずくまっているのだ。自閉症の猫なのか?と不安になった。私たちが外出しているときや夜寝ているときにしか出てこないらしく、昼間ノンちゃんの姿を見ることはあまりなかった。

が、私はあることに気がついた。ノンちゃんはいつも弟の部屋の弟のベッドの下にうずくまっていることに。私の部屋にノンちゃんがいるのを見たことはない。いつも、必ず弟の部屋の弟のベッドの下なのだ。「これはもしかして・・。」一抹の不安が私の脳裏をよぎった。そしてその不安は的中した。時間がたつにつれて、だんだんノンちゃんは私たちの前に顔を見せるようになった。そしてついに、弟のベッドの上にあがり、弟と一緒に寝るようになったのだ。そして私の存在はずーっと無視され続けた・・。

私が見つけて、私が間一髪のところでノンちゃんを死の淵から救ったのに、ノンちゃんは私と過ごした4年間、一度たりとも一緒に私と寝ることはなかった。お前が愛しているその男は、他の猫がいいって言ったんだぞ、本当は!と何度もノンちゃんの耳に囁いてみたけれど、ノンちゃんの目が私に向くことはなかった。

そしてそのノンちゃんももう7歳。日本に帰ってきて実家のラブラブカップルのことちゃんとたまちゃんと共同生活を始めたが、元祖トラウマ猫のノンちゃんの事だから、彼女たちと心が通い合う日はまだまだ遠いようだ。
たまちゃんとことちゃん。

しかし、超デブ猫となった今でもノンちゃんは弟一筋、そして弟にも愛されて相思相愛の幸せな日々を送っている。

....... 2002年03月29日 (Fri) .......

 ■怖いよーーー!!
復活祭だかキリストの誕生日だか降臨日だかなんだか知らないけれど、今日からオランダは月曜日まで基本的にお休みです。私は自営業だから休もうと思えばいつでも休めるけど、サラリーマンのむろはそういうわけにもいかない。まだまだ新婚の私たちにとっては、昼間の離れてる時間だけでもさびしいものなのだ。だから一日中べったり一緒にいられるお休みは大好きさ!(って、思ってるのは実は私だけです。おーほほほ)

冗談はさておき、お休みっていいねぇ。その上最近天気がいいときたもんだ。オランダで天気がいいと、それだけで幸せな気分になっちゃうからねぇ。一年中天気がいいところに住んでる君たち、どれだけ自分が恵まれた環境にいるか、じっくり噛み締めて下さい。

ところで、天気が良いとうちではベランダをNicoのために開放しています。4階に住んでるのでNicoが外の空気を吸えるのはそこだけ。Nicoもベランダが大のお気に入りで、暖かい日はベランダで一日中日向ぼっこしている。そんな生活をここ数ヶ月続けていて、今まで特に問題がなかったのに、最近ちょっと困ったことが起きているのだ。

なんと、Nicoが、ベランダの手すりの上に乗っかってしまうのだ。それもジャンプして!その光景を見た瞬間、私の頭から血がさーっと落ちていった。4階だよ、ここは!いくら猫だって、そんなところから落ちたら死んじゃうよー!Nicoはそ知らぬ顔でベランダのたかだか10cm幅くらいの手すりの上をひょいひょいと歩いていく。腰が抜けた状態で私は必死でNicoの名前を呼んで降ろそうとするのだが、Nicoは自分の頭の上を飛んで行ったハエを採ろうと手を伸ばしたりしている。

やめてくれーーーー!!怖いよーーーー!!
びびった私はなんとかNicoを押さえ込み、Nicoを部屋に戻してベランダのドアを閉めた。Nicoは不満そうにドアの前で「ちーっ!」と鳴いている。(Nicoはにゃぁ〜んとは鳴かない。ちーっ!と鳴く。)しかし、もう私にはNicoをベランダに出すことはできない。あんな姿見たら、怖くて、ベランダになんて出せないよー。猫にしてみれば「落ちるわけないだろ!」って思ってるのかも知れないけど、そんなの私にはわからんもん!

とりあえず、むろと相談して、明日日曜大工の店を回って、Nicoがてすりに乗れなくなるような何かを探してこようと思う。でもうまく行くんだろうか・・。Nicoの唯一の外界との接点のこのベランダ、私だって彼から取り上げたくなんてない。でも、でもなのだ・・。

引っ越すかなぁ、一階の家に・・。はぁ。

とりあえず、皆様良い週末を!オランダの人は良い連休を!
月曜日に更新予定です・・。あくまでも、予定ね、予定。

....... 2002年05月01日 (Wed) .......

 ■帰ってきちゃったよー。(涙)
皆様こんにちわ。ご無沙汰しております。
29日に無事オランダに戻ってまいりました。日本は素晴らしかった。うまかった。楽しかった。本当に帰ってきたくなかった。くくく・・。後ろ髪を引かれる思いでなんとか帰ってきたんです。

で、今日は仕事に行かないでいろいろ後片付けや、買い物(冷蔵庫が空っぽなんでね)なんかをしてしまって、明日から会社に行こうと思ってたのね。むろを会社に送り出してから、まず、車のディーラーに電話した。何でかっていうと、日本に帰る前に車を購入していて、今日、5月1日に納入してもらうことになっていたので。本当なら日本に帰る前に納入できたんだけど、あわただしいし、せっかくの新車を買ってすぐ3週間も乗らずに雨ざらしにしとくのもねぇ、と思って、日本から帰ってきてからにしてもらおうと思ったわけだ。

だけどね、ディーラーに電話したら、「まだ納入の準備ができてない。」って言うのよ。「何で?3週間もあったじゃない!」って言ったら「そうなんだけど、お客さんがあとから注文してきた鍵のリモートコントロールあるでしょう?あれがまだインストールされてないんですよねー。」だと抜かしやがる。なんでやねーん!あとから注文した、つったって、もう1ヶ月以上も前の話だよ?お金を全額4月1日までに払えば、5月1日には間違いなくお渡しできます!って言ったのはおまえだろ!!!

とにかく、納入がいつになるか調べてすぐ電話します、という兄ちゃんの言葉を信じてひとまず電話を置いた私。でも、今日は車がないとすっごく困るわけよ。買出しとかいろいろあるわけだし。だいたいそのために会社を休んだのよ?仕事だって本当はすごくたまってるのにさぁ。ちょっと考えてから、やっぱり車だけ先にもらって、そのリモートコントロールは、向こうの準備ができてからインストールしてもらえばいいや、と、もう一回彼に電話した。すると、電話口の人が「彼は2時間後まで帰らない。」っていうのさ。じゃあ、あなたに聞きたいんだけど、と、事情を説明して、とりあえず今日車を納入してもらえない?ってきいたら、「それは無理だ。」っていうのよ!

私ねぇ、オランダ人の何が嫌いだって、セールスマンとかサービス業のくせに「それは無理だ。」ってのうのうと抜かす神経なのよ。何で無理なのよ。お金も払ってるのよ。車はそこにあるのよ。名義は私のものなのよ。なんで無理なのよ。その電話口に出たやつは、最低最悪のオランダ人セールスマンの象徴みたいなやつで、「できないものはできないし、僕には事情がよくわからないから、あなたの担当に2時間後に電話してくれ。」なんて言ってやがった。っつーかね、「事情がわからない」なら、「無理だ。」なんて言うなーーーー!!!それともうひとつ、安い目覚まし時計をひとつ買ったわけじゃないのよ。新車よ新車。そりゃ、そんなにグレードの高いものじゃないかも知れんけど、私にとっては大金を一括で払い込んだ客に「わからないから担当のものにあとで電話してくれ。」って言うな!「電話させます。」ぐらい言えんのか!

血管切れちゃうよ、マジで。あああ、だからオランダに帰ってきたくなかったんだよう・・。(涙)

帰国早々切れちゃってますけど、明日から日本帰国日記始めますねー。

....... 2002年05月02日 (Thu) .......

 ■日本でウェディング。
車はまだ来ません。明日納車だと。ふーざーけーんーなー。(恕)

さて、気を取り直して。4月5日に日本について、実家に荷物を置いてすぐしたことは、私たちの結婚パーティーが行われる会場のホテルに行って衣装をあわすことでした。オランダの結婚パーティーできたドレスでいいじゃないかと思っていたんだけれども、母の「もう一着違うのを着て欲しい!」という強い要望もあって、そうすることになったのさ。

とりあえず、ホテルに行って私たちのパーティーの宴会担当者に会った。あと1週間で本番、って時に初めて担当者に会うなんて、なんか変だとは思うけど、まあ、仕方ないわな。担当者から私たちのパーティーの大まかな流れをきく。で、決まってないところ(入場の曲とかスピーチの順番とか)を3人であーだこーだと決めていく。こうやって話をしていてやっと実感が沸いてきた。母も父も忙しいなか色々計画してくれてたんだけれども、やっぱり自分たちの式じゃないし、プランを見てみると色々穴がある。席順もおかしかったりする。いくら母が言い出したことだから、母の好きなようにやってもらいましょう、なんて思っていたとは言え、今までノータッチだったことに少し後悔。せめて引き出物代わりに木靴の80個くらい持って帰ってくればよかったなぁ。

そのあと、衣装室へ。ここから母も合流。いやぁ、日本のウェディングドレスってすごいね。本当に宝塚みたいだぞ。母は「白じゃなくて黄色にしよう。」だのなんだの言ってたけど、じょーだんじゃない。あんなのこっぱずかしくて着れるか。その間他人事のようにぽけーっと座っていたむろに、母の視線が行った。「洋子がこういうドレス着るのに、むろさんがタキシード着ないってのも、変よね。」おろろ?むろはオランダで着たスーツでよかったんじゃないの??

その一言で衣装室のおばちゃんたちがむろにわらわらと集まって着せ替えを始める。グレー・シルバー・ホワイト・・いや、白いタキシードだけはやめてください。気色悪い。あーだこーだと奮闘すること1時間。むろのタキシードはきまり、私のドレスは後日もう一回他のをトライして最終的に決めることでとりあえずその日は終了。なんかあわただしいなぁ。

それから一週間、としみちゃんのパーティーに参加したり、むろの実家に帰ったり、式の準備に追われたり、目が回るほどの忙しさ。あんまり忙しくて時差ぼけにもならなかったぞ今回は。せっかく帰ってきたから美味しいものたくさんたべよーと思っていたけれど、とりあえずこの一週間は我慢しないとサイズあわせしたドレスが着れなくなる。とかなんとかいいつつも結構しっかり食べて飲んでたけど。

パーティの前の日にホテルで駆け込みエステ。たった2時間の付け焼刃、はっきり言ってなんも変化無し。気持ち良かっただけ。しかし、日本のサービス業の人たちってすごいよね。言葉遣い、物腰、対応、もう、「この人たち、生まれた時からサービス業につくことになってたの?」って思うくらい、みんな完璧。私も昔はサービス業してたけど、あんなに完璧じゃなかったなぁ。などと感心しつつ。

そしてパーティー当日がやってきたのでした。というわけで続きは明日。パーティーの写真UPしたのでみてね。
こちら

....... 2002年05月03日 (Fri) .......

 ■日本でウェディングその2。
そしてウェディング当日じゃ。
朝9時半に私とむろがホテルの宴会受付に行くと、「本日のご披露宴」の看板のところに私たちの名前が。それも「ご披露宴。」と書いてある。おいおい。披露宴じゃなくて、祝う会、にしてくれないと、参加者みんなびびっちやうよ。何でかって言うと、うちの母ちゃん招待状に「祝う会」なので「平服」でご来場ください。って書いちゃったんだもん。慌てて宴会受付のお兄さんにそれを伝える。

新郎新婦専用の着替え室に入って、着付けやら髪の毛やらメイクやら担当の人にあう。本日の私の介添えさんは・・名前忘れた。でも結構いい感じのおばちゃん。とりあえず人間ドックで着せられるようなピンクのガウンに着替えてお化粧&髪の毛。この間私はお姫様状態。「喉が渇いた。」「腹が減った。」「お尻が痒い。」すべてのニーズにお答えするのが彼らのモットー・・かどうかは知らんが、とにかく何を言っても全部「かしこまりました。」と動いてくれる。だてに大金払ってないぜ。(って私は払ってないんだけど。ほほ。)

美容室で髪の毛をやってもらっていたむろが帰ってきた。顔を見るとびっくり。まるで宝塚の男役のようだわ。前髪がとさかのように立ち上がっている。美容室の人が「本日は余計に立ち上げております。」といったかどうかは知らないが、とにかく、すごいぞ。前回のオランダの結婚式ではとしみちゃんが彼にした髪形のせいで一日中「スケベ分け」と言われていた新郎、今回はみんなに一日中「宝塚。」と呼ばれていました。かわいそうな新郎。

着替えも終わり、いざ写真撮影へ。廊下をぬけ、ロビーを通り、エレベータに乗り、写真室へ。その間通り過ぎる人々が「お嫁さんよー。きれいねぇー。」とざわめいている。うーんいい気分。そりゃ、誰だって2時間も化粧すれば綺麗になるって。しかし本日は結婚式が多いらしく、やたら新郎新婦とすれ違う。そのたびにまるで山で出会ったヤマノボラー同士のように頭をぺこり。なんだか良くわからない同士意識なのだろうか?

そうそう、ブーケのこと書き忘れてました。今回、前オランダでとしみちゃんのおうちに居候していた花屋のゆみちゃんが、わざわざ自宅のある大阪から飛行機でブーケを作って持ってきてくれたんです。これがまた大傑作で。衣装室に届けてくれたんだけど、衣装室のおばちゃんたちみんな大絶賛。「今までいろんなブーケを見てきたけど、このブーケが文句なしに一番きれい!」ゆみちゃん、恐るべしです。私は一日中「きれいねぇ、このブーケ。」と言われまくり、ちょっとだけ嫉妬したくらいだ。

さて、写真室に到着すると、私たちの親族一同がすでに勢ぞろいで待っていた。ここで初めて顔あわせ。久しぶりに見る親族もいて、うれしくなって思わず片手を上げて「おう!久しぶり!元気?」とご挨拶。すると速攻でうちの親族一同から「お嫁さんはそんな挨拶しないの!」「今日くらいおとなしくしなさい!」「女の子らしくできないの?」と集中砲火。そんなにいっぺんに言わなくても・・。(涙)

写真撮影も無事終わり、親族控え室へ。途中、招待者の友達などに会ったりしてきゃぁきゃぁ大騒ぎ。オランダからはとしみちゃんと、ピンチェママが参加。ピンチェママは二日前に「明日突然日本に行く事になったのよー。ところで、席、まだ、空いてる?」という電話をオランダからくれた。合コンじゃないんだけど・・とおもいつつも、喜んで参加してもらった。

そろそろ式が始まるということでみんなで大移動。私とむろだけぽつんと控え室に残された。介添えさんが駆け寄ってきて「そろそろですよ。」とプレッシャーを掛ける。うー、だんだん緊張してきたぞ。ドレスがきついのも手伝ってなんだかパニック寸前。

・・と、続きはまた月曜日に。どーも短く簡潔に文章を書けない私。皆様良い週末を。

....... 2002年05月06日 (Mon) .......

 ■緊急事態発生。
本当は今日は結婚式当日のお話を書きたかったんだけど、緊急事態が発生して、そんな悠長なことをやってる暇がありません。なにがおきたかといいますと。

先週日本から帰ってきて、なーんかオフィスの雰囲気が暗いなぁ、とは思っていたんですわ。まず、今までだったら必ず開いていた正面入り口のドアが開いてない。電気もついてない。何時になっても私たちの共有秘書がやってこない。手紙も届けに来ない。どーしたのかしら。今、ホリディシーズンだからこんな感じなのかしら、と悠長に構えていた私。

メールで管理会社からなにやら長い文章が届いていたけれど、オランダ語だし、なんかの規則が増えましたとかそんなことかしらと読む努力を怠っていた私。なーんにも知らなかったのねん。今朝、会社につくとまたもやオフィスが閉まってるし、電気もついてない。「なんだよ。怠慢だな。」とムッとしつつ、ドアを開けて入る。荷物を入れてコーヒーを入れていると隣のオフィスのお兄さんがご出勤。「おはようございまーす。」なんてのんきに声を帰る私。「なんか最近、このオフィスの管理、怠慢じゃない?朝も電気もついてないのよ。」なんて愚痴ってみる。するとお兄さん、怪訝そうな顔でこう言った。「あれ、もしかして知らないの?このビルの会社
つぶれたんだよ。」

え?

つぶれた?

びっくりして声も出ない私に、お兄さんは言いました。「このビルは閉鎖されるから、
8月までにみんな出なきゃいけないんだよ。」

え?
ええええええええ?!

まじですかい?
慌てて管理会社に電話する私。「すいません、ちょっと、どうなってるんですか?」電話に出たお姉さんは「私たちの会社は4月25日を持って倒産いたしました。今後の再建へのめどはたっておりませんし、今私たちが持っている物件はすべて差し押さえられますので、テナントの方々は8月1日までに速やかに退去をお願いします。尚、4月25日から、一切のサービスを停止させていただいております。電話の応対サービスも、室内清掃サービスも、コーヒーサービスも、受付サービスも、すべてです。8月1日まではすべてお客様のほうでこれらの対応をお願いいたします。」とまるでテープに録音されているかのように言い切った。

どうりでごみも捨ててないわけだ・・・。これからはごみも自分でゴミ袋を持ってきて、捨てなくちゃいけないんですって。ボタン一つで出てたコーヒーメーカーも、今の在庫がなくなったらおしまいですって。ファックスの紙が切れたら自分で買って補充するんですって。今年の1月に入ったばっかりなのに。引っ越したばっかりなのに。(涙)

どうなる、私。(大泣き)

....... 2002年05月07日 (Tue) .......

 ■肩が痛い。
今朝、いやーな夢を見た。
思い出すのもいやだからここには書かないけど、起きた瞬間が夢から覚めた瞬間だったんだけど、夢だった、ってわかった瞬間に心からホッとした。で、その後どっと疲れた。夢見てる間に体にすごい力が体に入ってたみたいで、起きたら肩が凝ってて、もう。すっかり終わった事なのに、いつまでも自分の中でくすぶってるものってこうやって時々夢とかに出てきちゃう。自分の女々しさにほとほと嫌気がさした朝でした。

そして朝ごはん中に見たニュースでオランダの政治家、PIMさんが暗殺されたということを聞いた。私は政治はぜんぜんわからんし、とくにオランダの政治家なんてまったくわからん。でもこの人のことはさすがの私でも知っていた。なんでかっていうとこの人は右翼政治家で、反移民、とくに反イスラム教移民の思想の持ち主で、かなり過激なことを言っていたからだ。この人が首相になったら、私たち在蘭外国人はやりにくいだろうなぁ、なんていうことを漠然と思ってたもんだ。

その彼が暗殺された。オランダほど「政治家の暗殺」という言葉がしっくりこない国はないんじゃないかと思う。私の知っているオランダ人は理屈っぽいけれど、言葉で、対話で戦ってきた民族だと思っていたからだ。その考え方が根底から崩された気がする。オランダの嫌いなところはたくさんあるけれど、根本的には「寛容主義」で「自由主義」なオランダを私は好きだったし、ある意味尊敬していた。この事件はとても「オランダっぽくない」事件だ。

その夢と、この事件でなんだか気持ちが暗くなっていた。会社に着いたら昨日見に行った新しいオフィスからメールが入っていた。きのう、このオフィスの管理会社の倒産を知らされてすぐ、近所にあるほかのレンタルオフィスを見に行ったのだ。そこはものすごく綺麗で、今のオフィスよりもグレードはさらに上のようだった。基本的には似たようなサービスとオフィス環境だけれども、もうすこし、決め細やか、そんな感じがした。そしてこの業界で12年、世界に400のレンタルオフィスビルを所有という業績をきいて、ここはすぐ倒産するなんて事はないだろうと確信し、すっかり気に入って帰ってきたのだ。

メールは、「お見積もり」メールだった。今のオフィスより少しくらい高いのはしょうがない、と思っていた。が、結果は「少し」ではなく「かなり」だった。今のオフィスは月500ユーロのレンタル料にもろもろの経費で約900ユーロを払っていた。ところが、新しいところはその3倍の1500ユーロを見積もってきたのだ。1500って、家が借りれるじゃん。

せっかく気に入ってたのに、これでまたいちからやり直し。たはは。その上、つぶれた会社に払っていた2か月分の前金、このお金も戻ってこないことが判明。会社が倒産すると、こういったデポジット類はすべて戻ってこないのが定説なんだそうだ。引越しにだってお金かかるのに・・。

今まで私たちの共同秘書をしていた人が会社に来ていた。私物を取りにきたのだという。「大変だったね。」というと「まあ、でも次の仕事見つかったし。」そうか、大変なのは彼女じゃないんだ。彼女は新しい仕事場を見つけたらここには私物を取りに一回くるだけで済むんだもんな。「しかし、いったいどういうことなの?」ときいてみたら「Bad Management.」といいやがった。なんでそんなにドライなんだ、お前ら。

ああ、もう・・。(涙)

....... 2002年05月08日 (Wed) .......

 ■つぎからつぎへと。
会社に来てみたらネットワークが使えない。インターネットにつなげなくなってる。どうやらこのビルのサーバーが止められているか、何か問題があるけれどメンテに来る人がいないからそのままになっているようだ。管理会社に電話してみたけれど、誰も出ない。多分誰かでてもいわれることは"I don't Know."なんだろう。仕方なく、今は電話線でつないでいる。速度の遅さにいらいらする。

昨日、もう一軒のオフィスを見に行った。でもそこは家具がなくて、本当に部屋を一つ貸してくれるだけ。家具もないし、ADSLもない、プリンターもなければファックスもない、ではまたすべて一から買いなおさなくてはいけなくなる。ただでさえすでに無駄な出費をしなくてはいけなくなるのに、これ以上の投資は今の私には無理だ。

今日もこれからオフィス探しだ。仕事は溜まっているのに、手につかない。落ち着く先が決まらないと、何をやっててもため息をついてしまって、仕事にならないのだ。オフィスを探すのはそんなに難しいのかというと、実はそうでもない。探そうと思えばいくらでもある。値段に糸目をつけなければ、の話だ。このつぶれてしまったオフィスは、格段に安い家賃を提供していた。今思えば、そのころにはすでに底値を突いていたからなのだろう。とにかくテナントを入れよう、それに必死になって、こんな安い家賃で受け入れていたのだ。

実際こういうことになって新たに色々探してみると、やはり、条件のいい、しっかりしたところは家賃が高い。安いところもあるのだが、今回の件があって、安い場所を借りるのに躊躇してしまう。なかなか難しい。こういうときは一人で仕事をしているのがすごく苦痛だ。「コレどう思う?」と振り向いてきける相手がいない。確認できる相手がいない。

だけど、やらなきゃいけない。このままこのオフィスにじっとしてるわけにもいかない。人がどんどん出て行っている。今もビルの中はひっそりと静まり返っている。雰囲気が暗い。重い。だから気持ちも重くなる。せっかくつくったお弁当もここで食べていてもちっとも美味しくない。

弱音をはいてる場合じゃない。とりあえず、足を動かさなきゃ。
んじゃ、行ってきます。

....... 2002年05月09日 (Thu) .......

 ■いや、もう、まじで!
見つかりましたよ、新しいオフィス!わーいわーい!
あんなにくらーくなってたのがウソみたいに、心晴れ晴れー!
もちろん、前のオフィスよりは家賃もUPしちゃってますが、それでもかなり粘っていい条件にしてもらいましたのよ。色々話を聞いてみると、景気が良かったころに立てまくったオフィスビルディングが最近の景気のかげりを受けて、かなり余ってる状態なんだとか。だからどこのオフィスも最初に提示してくる値段はべらぼうに高くても、「えーっ。高いーっ。」と駄々をこねるとすぐ、値段を下げてくることに気がついたのです。(もっと早く気づけよ。)

今日、何軒か回ってみたけど、その中で一番気に入った場所で駄々をこねてみたら、やっぱり値段を下げてくれました。そして即決でサイン!これでこの暗いオフィスからもおさらばさ!そしてなんとこのビルにはお友達のゆーころの会社も入っていることが判明。で、私が契約した部屋はそのゆーころの会社のお隣になる模様。さきほどゆーころに電話してそれを伝えたら大喜びしてくれて、「お昼を一緒に食べようね!」ということになった。ついでに、ゆーころと彼女の会社の人の分もお弁当を作って持っていけば、買ってくれるかも?!だって。(笑)

弁当屋でもはじめるか?

とにもかくにも、決まって本当にほっとした。出費はかさむけど、もう、明日の心配しなくていいんだもんね。いやぁ、うれしいよ。励ましのお便り、お電話、書き込み、たくさんいただきました。ありがとう!

5月9日はオランダの祝日!みんな、楽しい祝日を過ごそうぜ!(かなりハイテンション)

....... 2002年05月10日 (Fri) .......

 ■なーんだ。
オフィスが見つかって、契約も済ませて、あとは来週に引越しするだけとなった。決まったオフィスの前に2件、他のところも見ていたのだけど、金額が高すぎて返事をしていないところがあったから、そこに断りの電話を入れた。すると、「え!他のところって、どこ?」という反応が。契約したビルの名前を告げると、「いくらで契約したの?」と質問が。「あなたのところより300くらい安いんだけど・・。」というと、「じゃあ、うちは400下げる!」というじゃありませんか。へ?そんなもんだったの?と唖然とする私。「いや、でも、契約しちゃったし・・。」というと、「契約しちゃったの?なんで?契約する前に一本電話くれれば、何とかしたのに!」とかなり焦り気味のご様子。

だって、あのときに「この値段はこれでもぎりぎりのラインなんです。これ以上下げるのはちょっと・・・。」って言ってたじゃん!だから、もう絶対下がんないものだとばっかり思ってたのに!「そんなこと言われても、決めちゃいましたし・・。」と言うと「もう、うちは契約してもらうつもりでいたんだから!こまるよ!」・・って、そんな。

なんとか電話を切って、もう一軒の方へ電話しようとしたけれど、またこんな風に言われちゃうのかなと怖くなってメールで断りを入れた。すると速攻で返事が。「あなたの決定をとても残念に思います。あなたのような人が私たちのビルに入ってくださることは、私達のビルに美しい花を添えるということだったのに・・。(原文のまま)」はー、こりゃまた、どーも。歯が浮くけど、さっきの電話の「400下げます!」よりも後ろ髪を引かれるな。なぜか。(笑)

どうやら、私はすっかり勘違いをしていたようだね。今は「借りたい」という人がかなり強気に出れるご時世だったのね、オランダは。そんなことなら、もっといろんなところでごねておけばよかった。焦るあまりに手ごろに浮かんだいい物件に飛びついちゃったけど、もうちょっとがんばったらもっといい物件があったかも?・・なーんて、欲張ってもきっといいことないよね。

今日は夜、友達が泊まりに来るので朝からお掃除お洗濯お買い物と色々大変。そんななか、せっかく朝、市場で買ってきて飾った花をNicoが花瓶ごと倒しやがった。花瓶は粉々に砕け散り、床はびしょびしょ。あっちゃこっちゃにガラスの破片が飛び散って、何度も手や足に刺さって怪我するし、もー、大変。まったく、最近おとなしいと思ってたのに・・。やっぱりNicoはNicoじゃな。ふー。

それじゃ、皆様良い週末を!

....... 2002年05月13日 (Mon) .......

 ■嵐が去って。
先週は怒涛の一週間でしたな。まあ、でも無事新しいオフィスも見つかったし、よかったよかった。先週、帰ろうかなとオフィスで帰り支度をしていたところに、私の前の部屋にいるオランダ人が「今、ちょっと時間あるかなぁ?」と声を掛けてきた。少しなら、と言うと彼の部屋に通された。そこには他に4人のオランダ人。やあやあ、はじめまして、と挨拶を交わす。みな、このビルのほかの部屋にいる人たちだった。

ワインでもどう、とすすめられ、はじめは自己紹介やらどんな仕事をしているかと情報交換。これはいったい何の集まり?と不可思議に思っていたら、私に声を掛けたおじさんが、「それではそろそろ本題に入りましょうか。」と。説明を聞いてやっとわかった。彼らは、今回のこのビルの管理会社の倒産によって、引越しを余儀なくされたことに腹を立てていて、なんとかその損失分を取り返そうとしてこうやって集まっていたのだ。管理会社が倒産したことは仕方がないとしても、それによって私たちが払ったデポジットが帰ってくることはおろか、8月の退去までの3か月分の家賃もさらに払えとはどういうことだと。そして、その分を払わすなら、私たちに契約書で約束したサービスを払え、と。でなければ家賃は払わん!コレが彼らの言い分。

言ってることはごもっともだわな。確かに、デポジットは2か月分払ってあるんだから、その分を8月までの家賃に充当してくれたっていいわけだ。なんで管理会社の倒産でうちらまで損失を受けなきゃならんのだ。これから引越しやらなんやらで余計な出費がかかるっつーのに。だいたい、管理会社が倒産したとたんに、すべてのサービスがストップするっつーのはどういうことよ。会社宛の手紙って全部このビルのメインの郵便受けに入るんだけど、その鍵がどこにあるかわからなくて、郵便物が私たちの手元に届かない。そんなことがあっていいのか?家賃払ってんだぞー!

と、皆様怒り心頭。そうだよなぁ。お金だけ取られてサービスが受けられないことほどオランダ人を怒らせることはないだろうなぁ。彼らは「弁護士を通して抗議する!」だの、管理会社の倒産を管理している監査から届いた「退去します。」って言うことを承認する承諾書があるんだけど、「それを破っておくりつけよう!」だの、勇ましいこと。お金が絡むと、オランダ人はとたんに元気になるね。もうその時点ですでに18:30だというのに、盛り上がる一方で、誰も帰ろうとしない。私はむろとディナーの約束があったから、「それじゃあ私はこのへんで・・。」とそそくさとたちあがって失礼した。

こんな勢いで仕事もしてくれたらなぁ、オランダ人・・。

....... 2002年05月17日 (Fri) .......

 ■健康管理。
この前オークラのヤマという日本食材店に行ったら、玄米を売っているのを見つけて、買ってしまった。ずーっと探してたから大喜びで買って、昨日早速炊いてみたんだけど、はじめっから玄米のみだとちょっとつらいかな?と思って白米と半々で炊いてしまったのが裏目に出て、なんだかあんまりうまくなかった。玄米って水を大目に炊かなきゃいけないから、そうしたんだけど、その分白米が水を吸っちゃって、白米がめっちゃやわらかくなってたのだ。でもまあ、食べれない、と言うわけじゃないんだけど、むろは「玄米はいまいち駄目だ。」と言っていた。

なんで玄米を探していたのかというと、この前日本に帰った時に二人で行った人間ドックの結果がいまいち良くなかったからなのだ。というか、私は驚くべきことにどこにも異常なし、健康体!ということが判明したので良かったけど、むろは2年前、オランダに来る前に受けたドックの数値よりもいろんなところが悪くなってたのだ。

2年前と何が変わったかって言うと、やはり、お酒の量なんだろうなぁと思う。むろは私と付き合う前、家で晩酌なんてするくせはなかった。しかし今ではケースでビールは買い込むわ、赤白両方のワインを箱ごとかいこむわ、すっかりお酒飲みになっちゃったのだ。これって、誰のせい?ってそりゃ、私のせいでしょうなぁ。

私もむろも同じものを毎日食べて飲んでるんだけど、私は好き嫌いが多いから、いつもいろんな物を食べ残す。「もったいない」精神の旺盛なむろは、おなかが一杯でも私が残したものを食べてくれる。お酒も同じくらいの量を飲んでるんだけど、多分もともとの肝臓のお酒の許容量は私よりすくないんだろう。彼の家系はお酒を飲まない家系だから。だから私と同じ量を飲んでいて、私は健康、彼の数値は上がっていく、と言うことになる。

じゃあ、全部私のせいじゃん!とちょっと反省した。だけど毎日の晩酌をやめるのはきつい・・。特にこれからビールの美味しい季節じゃない?だから食事療法にしよう!と、日本に帰ってきてからは野菜&魚中心の食事を心がけている。私が大好きだから、ということで結構食卓に並ぶことの多かった揚げ物も、日本から帰ってきてからまだ一度も出してない。甘いものが大好きなむろのためにしょっちゅう作っていたケーキやらデザートも今はグレープフルーツに変えた。そして、白米も糖分が高いから、という理由で玄米に変えようと思っていたわけだ。

しかし、基本的に車生活のオランダ、絶対的なカロリー消費量が低いのだ。日本だったら食事制限であとは毎日電車にのって会社に行っていればきっと体重も減っていくのだろうけど、運動不足の二人だから、食事制限だけじゃああまり効果はないようだ。

だけど、「結婚してから体の調子が悪くなった。」なんて、絶対に許せないのだ!だから、がんばってもらわねば。

一番簡単なのは、お酒をやめることなんだけどねぇ・・。それは私が不可能なのだよ・・。とほほ。

....... 2002年05月24日 (Fri) .......

 ■金曜日!
最近、金曜日は会社の電話を全部携帯に転送して、PCも持ち帰って、家で仕事できるようにしてる。金曜日は週に一度の市場もあるし、それに一週間に溜まった家事をできればやる日、にしようと思ってるのと、ま、ただ単純に金曜日ってどうも仕事する気が起きないだけなんだよねー。(笑)たまった家事、って言ってもちょちょちょいと気休め程度に掃除するくらいなんだけどね。土日は二人でのんびりしたいからさー、なるべく金曜日に終わらせるようにしてるんだけど・・。

私は料理はすごく好きなんだけど、そのほかの家事はてんで駄目。特に掃除。も、最悪に嫌い。基本的に汚い家で育ったので(母ちゃんごめん)部屋が散らかっててもぜんぜん平気なんだよね。だから神経質な男とかと一緒に住んでたりするともう、最悪。そういう奴と一緒の時の喧嘩ってだいたい「掃除」が原因だもんね。

その点、むろは楽だわー。別に彼も汚いのが平気、っていう人ではないとは思うんだけど(昔はこの人綺麗好きなんだと思ってたくらい部屋は片付いてたし)部屋が汚くてもぜんぜん文句言わない。っていうか、文句言う前に自分で立ち上がって片付けちゃうね。お風呂場とか水周りって、私の特に苦手とする場所なんだけど、あんまり汚いと黙々と水周りを掃除してぴかぴかにしてくれる。こういう時、「ああ、いい旦那もらったなー。」って実感するのよね。(笑)

まあでもいくら何も言わないからといって、一週間に一度も掃除機をかけないのは気が引けるから、金曜日は仕事をしながら掃除機かけたり台所を綺麗にしようと思っているわけなんですわ。今日も市場に行って、それからちょっとオフィスによって、お昼を食べて、これから掃除にかかるとするか・・。でも眠くなってきたなぁ・・。zzzz・・・。

今日の夜はライデンのピンチェママのうちで女の子だけのタコスパーチーを行うのだ。女の子だけ、って久しぶりだからすごく楽しみ。でもはじめての人が2人いるらしいからちょっと緊張するなぁ。実はこう見えても人見知りが激しいのだ。私の人見知りってちょっと変わってて、初めての人に会うと、妙にハイテンションになったり馬鹿になったりするんです。だから私の印象って最初に会ったときの印象が一番激しいんじゃないかな?何度かあって慣れてくると、結構普通の人だったりするのよ。でも最初の印象が「うるさい」だからいつまでも私は「うるさい人」なのよねぇ・・。

なんだか取り留めのない話になっちゃったわ。明日は総勢26人で飲茶!すごいなぁ!食って食って食いまくるぞ!

....... 2002年05月27日 (Mon) .......

 ■うちの家庭菜園。
今日はうちの家庭菜園をご紹介しましょう。
家庭菜園っていってもアパートの4階の西向きのベランダで行われてます。


うちのベランダはこんな感じ。で、手すりにならんでるプランターが我が家の家庭菜園。さびしー。(涙)
手すりに金網が張ってあるのが見えますか。これはNicoがあの手すりの上に上ってしまうので、それを防止するための苦肉の策です。このせいで布団が干せなくなってしまった。


ちょっと丸っこく見える芽、わかりますか。枝豆です。
夏が近くなってきて、どーしても枝豆が食べたい!と思って日本から買ってきて見ました。枝豆の種って乾燥した枝豆なのねー。スッごく当たり前なんだけど。(笑)植えてから2週間でにょきにょき芽が出てきました。夏はこれでビールがうまい!
枝豆の左側にひょろひょろと見えるのは(見える?)「にら」。オランダでにら、売ってないこともないんだけど、まあ、自分でつくれるに越したことはないかなぁと思って。でも妙にひょろひょろしてんだよねー。


かなり混みあってます。左から、芽ねぎ・パセリ・バジル(芽)・ローズマリー・トマト(芽)・青梗菜。こんな小さなプランターに、かなり無理して植えてます。そろそろ移植しないとやばいでしょうな。パセリと芽ねぎは料理に使った余ったものを植えてみたら、どんどんでかくなってすっかり成長したものです。青梗菜は近所の園芸屋で苗を買いました。結構簡単にすくすくと育つもんです。

日本にいたらこんなこと絶対やらなかったけど、オランダにいると食べたくても食べれないものは自分で作れということになるので、とにかくなんてもやってみることにしてます。ライデンのとしみちゃんは家で食べたかぼちゃの種を植えてみたら立派に芽が出ているというし、オランダで売っている春ネギ(細いやつ、オランダでは日本の大きなネギは売ってない)をそのままプランターに植えてみたらどんどん大きくなって日本のネギのようになった、というし。なんでもやってみるもんです。

すごい人は暇暇生活でおなじみの京子ちゃん。家が農家ということもあって、お庭に旦那さんのお父さんが彼女用にとうもろこしとかぼちゃ畑を作ってくれていて、毎年秋になるとわんさか日本のとうもろこしとかぼちゃがなります。(オランダのとうもろこしは主に肥料用で、スーパーで売っているとうもろこしは甘くない。ちなみにスイートコーンの缶詰も売ってない。)うらやましい・・。


Nicoもベランダに根が生えちゃってます。

....... 2002年05月30日 (Thu) .......

 ■女の子のお話。
昨日、生理が来ました。(こういう話なので、「恥ずかしーっ!」って言う人はこの先は読まんほうがええで・・。笑)なんでわざわざこんなこと書くかといいますと、今回の生理は少し特別なんですわ。

今まで私は5年間以上、(実際はっきりとは覚えてない)「ピル」を飲んでました。日本でも数年前に解禁になったばかりだけれど、私はアメリカ留学のころから飲み始めていたわけです。もともと非常に生理痛のひどい体質の私は、もちろん避妊が第一番の理由だけれども、ピルを飲むと生理痛が軽くなるときいて、飛びついたのさ。なんてったって、生理痛があまりにもひどくて立ってられなくてそのまま倒れて入院、なんて事もあったくらいだからね。あの生理痛から逃れられるなら、なんでもするさ!って気分だったわけ。

で、効果はばっちし!でありました。まず、ピルと言うものはなんなのか?を知っている範囲でご説明申し上げましょう。「ピル」っていうのは英語で、「錠剤」という意味で、薬の種類でも何でもありません。が、なぜか「ピル」と言うとあの口から飲む避妊薬、いわゆる経口避妊薬のことになります。で、そのピルは女性ホルモンを含んだ錠剤のことです。この女性ホルモンは「黄体ホルモン」と「卵胞ホルモン」の二種類です。この辺は産婦人科ホームページなんかの受け売りですが、そのホルモンを毎日飲むことによって何が起こるか、といいますと、いわゆる「擬似妊娠」状態にしてしまうのです。これらの女性ホルモンは女性が妊娠すると、多く出る物質なんですね。で、これを外から摂取することによって、脳が「妊娠した」と認識して、排卵を止めるんです。

わかります?このピルに含まれている物質が排卵を止めて避妊するんじゃないんですよ。その物質を摂取することによって、人間の脳が「妊娠した!もう排卵は必要ない!」と勘違いして、排卵をやめるんです。すごいと思いません?んで、毎日この女性ホルモンを規則ただしく摂取することによって、きっちり28日間で生理がやってくることになります。ピルを飲んでいると排卵をしません。では排卵をしないのになぜ、生理は来るのでしょう?

ピルを飲んでいると脳が「妊娠した」と勘違いをして、排卵を止めます。しかし、実際には体は妊娠していないわけだから、子宮内にある膜、いわゆる子宮内膜は使われないまま剥がれ落ちます。普通はそれが生理となって体外に排出されるのですが、ピルを飲み続けていると、生理は起こらず、剥がれ落ちた膜はそのまま体に残ってしまいます。それを防ぐために、ピルを飲まない7日間を作ってあげるのです。そうするとホルモンの体内量がへり、生理が起こります。私の場合、ピルを止めてきっかり2日後に生理が起こっていました。

私は初めてピルを服用する時にこの説明を主治医からされて、めちゃめちゃ感動しました。人間の体のしくみって、本当にすごいけれど、この仕組みを発見して、ピルを開発した人はもっとすごい。なんて偉いんだ、と感心したもんです。

で、先月の生理を最後に私はピルを飲むのをやめました。そして昨日がその後はじめての生理。が、今までのかるーい生理がウソのように、昔の重ーい生理が帰ってきました。もう何年もこんな痛みがなかったからか、前よりさらに重くなっているような気がする。こんなのが毎月来るのかと思うと、うんざり。うげげげげ。

Nico母のワンポイント性教育でした。次回につづく。(つづかねーよ。)

....... 2002年05月31日 (Fri) .......

 ■祝!ワールドカップ開催!
今日からサッカーワールドカップが日本と韓国で開催されます。私の二つの祖国が手を取り合ってワールドカップを行う歴史的な日ということで、私的にもかなりうれしい日であります。なんでも昨日のプレオープニングのセレモニーで日本のCHEMISTRYというバンドが日本語で歌を歌い、戦後初めて日本語の歌が韓国全土にテレビ放映されたんだそうだ。韓国では日本文化を韓国内に入れてはいけないという政策が戦後からずっと行われているけれども、こうやって、両国の関係が少しづつでも良くなっていくといいなぁ。残念ながら今回の日本語の歌を韓国全土で流す、というのは7月までの特別措置、ということらしいけど、これがなにかのきっかけになるといいな。

つい最近まで、雷波少年という日本テレビの番組を日本のテレビ番組をかしているビデオ屋さんで借りて見ていた。雷波少年ってあの悪名高き電波少年の弟版みたいな番組で、はっきり言ってしょーもなーい企画ばかり今まで流してたけど、今回私たちが見ていた企画はとても評価できる内容だったと思う。ワールドカップ開催を記念して、日本人・韓国人・在日韓国人の3人の若者がシンガポールからソウルまで旅をしながら歌を作って、ゴール地のソウルで最初で最後のライブを行い、その歌を披露する、という企画。

何が良かったかというとこの企画、日本人と韓国人の二人だけでも良かったわけじゃない。でも、在日韓国人を中に入れたことによって、日本と韓国の複雑な関係を浮き彫りにしたところ。在日韓国人って、日本と韓国の過去の関係が生んだ、ある意味、「第三の人種」みたいなところがある。在日韓国人は同じ在日でも日本で生まれたアメリカ人の子供とかとはちょっと違う、生まれた時から二つの国のもっとも深いところ、もっとも濃いものを背負ってきていると思うのね。この番組の中でもそれはとてもよく出ていた。

たとえば、シンガポールからマレーシアに移動する時に、ビザを申請するのよね。韓国人も日本人も当然国籍、居住国に自分の国を書くわけでしょう?でも在日韓国人は国籍は韓国、居住国は日本。そしてそれを書き込むときに必ず迷うのよ。「どっちなんだろう。」って。事実は事実としてそのまま書き込めばいいじゃない、なんでそんなことでいちいち悩むのよ?って見てる人は思うのね。あと、旅の途中でお金が無くなってバイト先を探すのね。で、在日韓国人の子はその町にある日本料理店に仕事をもらいに行く。もちろん、韓国人だけど日本語はぺらぺらだし、見かけだって区別はつかない。でも、彼は言ってしまうのね、「僕は在日韓国人なんだけど、それでもいいですか?」って。これまたテレビを見てる人は「何でいちいちそんなこというんだろう。気にしすぎだよ。」って思うと思う。(実際私もそう思った。)

でも、こういう彼らの複雑な行動、感情が彼らのアイデンティティなんだと思う。韓国と日本の複雑な関係が彼らの心に染み付いちゃってるのね。でも、当事者である日本人と韓国人にはそれがわからない。それは彼らが当事者であるから、自分たちの問題がは自分たち二つの国だけの問題だと思っているから、その間に挟まっている人たちの気持ちは理解しにくいんだとおもう。

私には韓国の血が流れているけれど在日韓国人ではなく、日本人として育ち、生きているから、彼ら在日韓国人の気持ちをはっきり把握しているわけではない。でも、たとえば在日韓国人である従姉妹の結婚式にはチョゴリという韓国民族衣装を着てきたおばあちゃんが、私とむろの結婚式の前日まではチョゴリを着てくるはずだったのに直前で洋服で来たことの意味とか、母がかなり最近まで自分が在日であったことを人に言うのを控えていた気持ちとか、そういうことってなんとなく、わかる気がする。

いつでも、当事者同士よりも、その間に挟まっている人たちが一番辛くて悲しい思いをするんだと思うのね。当事者だけが辛かったり腹ただしかったりするわけじゃない。そして、二つの国の複雑な関係の下で生きている人たち、在日韓国人をちゃんと取り上げてくれた雷波少年に、感謝したいと思う。

ワールドカップ、成功するといいなっ!

....... 2002年06月03日 (Mon) .......

 ■週末。
今日は珍しく(?)仕事優先にしていたらホームページの更新が遅くなって、もう3時になっちゃうわ。

先週末は、金・土・日と珍しくいい天気で!ほんと、うれしくなっちゃうようないい天気でしたわ。我が家も色々やりました。土曜日はえり子ちゃんちに生まれたばっかりのゆーと君に会いに行き、昨日はデ・ハール城へドライブ。写真は
こちらにアップしてあります。

デ・ハール城はオランダで唯一、と言ってもいい、中世からのお城です。地味なオランダにしては珍しく中もなかなか豪華。実はお城フェチの私、観光に行った先にお城があれば絶対行くんだけど、このデ・ハール城は初めて。今でもこのお城はある貴族の別荘地として実際に使われているということもあったし、「所詮オランダのお城なんて。」と高をくくっていたけれど、これがなかなかどうして楽しめました。色々中を見学したんだけれど、この見学ツアーの中でちょっと笑ってしまった話があった。

騎士の間という現在では居間として使われている部屋があるんだけれど、そこの天井に下の写真のような(見えるかな?)突起がいたるところについているのね。

これは、なんと「幽霊キャッチャー」なんだそうだ。この騎士の間は甲冑の置物なんかもあるし、壁が暗いので昼でもかなり重ーい雰囲気のする部屋なのね。で、昔の人は夜、幽霊が白くふわふわと浮いてでてきても、この突起に引っかかって、朝になったら日の光と共に消えていくだろうと考えたんだそうだ。だけど、引っかかった幽霊がそこでふわふわ浮いてるのを見るのも嫌だろうに・・。だいたい、ゴキブリほいほいじゃ無いんだからさ、引っかからないって。(笑)

イメージだとこんな感じかね?
下手な絵をお見せして失礼しました。

デ・ハールからの帰り道、家の近所で白鳥の親子を見つけました。ふわふわした羽毛が可愛かった!こちらも「オランダ百景」のページに写真をUPしてあるよーん。

....... 2002年06月04日 (Tue) .......

 ■蜂に刺されちゃいました。
見てください。Nicoが蜂に刺されちゃいました。

を比べて見るとわかりますね。
右側が普通のNico.左側が昨日のNico。美形が台無し。なんかニャロメみたいだ。

どうやら口を刺されたようです。

Nicoは以前にもベランダにやってくる蜂を捕まえて遊んでいるうちに刺されたことがあって、そのときは鼻の上を刺されたらしく、顔が横に伸びて、「ライオンキング」のロゴマークのライオンの絵みたいな顔になってました。初めてそれを見たときは蜂の毒が回って死んじゃうんじゃないかとかなりどきどきして、とても心配したけれど、本人(猫)は元気だったし、次の日にはすっかり腫れも取れて元通りになってたので、今回はぜんぜん心配してません。案の定今朝みてみたら腫れも随分ひいていたし、Nicoも元気に駆け回ってました。

だけどNicoはさすがに痛いみたいで、昨日はご飯も食べず、ミルクだけ。食欲はあるから餌を与えると少しトライしてみるけれど、やっぱり腫れあがった口では無理みたい。一度痛い目にあってるから、2度目は無いだろうと思ってたのに、どうやらNicoは学習能力があまりないみたいねぇ・・。

これに懲りてやめてくれるといいんだけど、 ま、無理だろうねぇ。

ふん!

....... 2002年06月07日 (Fri) .......

 ■復活!あーんど反省。
いやぁ、昨日はつらい一日だった。前の日にむろの同僚がご飯食べに来てて、3人でビールとワインを3本空けたんだけど、多分私は彼らよりワインの量は少なかったはずなのに、朝起きたら史上最悪の二日酔い。吐きはしないんだけどむかむかするし、だるいし、頭痛がひどい。朝お弁当を作ろうとおきてはみたもののとてもじゃないけど無理。再び布団にもぐりこんで、家をでなきゃいけない時間になっても起きれない。結局午前中は寝ていた。私より多く飲んだはずのむろは「そんなにひどくもないよ。」といって家を出て行った。いったい私はどうしたんだ!昔はシャンパンを一人で2本空けても次の日ケロリとしていたのに、今じゃこのざま。あーあ、確実に、年は、取ってるんだねぇ。(ため息)

んで、午後から会社に行って仕事をして、それでもだるさが取れないので早めに帰宅した。むろは会社の送別会があると言うことで夕食は作らなくていい。だからおかゆを作ってあとはテレビを見ながらボーっとしていた。10時半ごろむろが帰宅。他の人たちは2次会でカラオケやに行ったらしい。私と一緒に住むようになってからむろは会社の飲み会で一度も2次会には参加をせず、一次会で帰ってきてくれる。それはもちろん私が毎回なんやかやと理由をつけて「早く帰ってきてね。」と言うからだ。

今回も「二日酔いで具合が悪い妻のために早く帰ってきてねー。」と事前に言っておいた。そしてきっちり一次会で帰ってきたむろにふときいてみた。「もしかして、カラオケ行きたかった?」するとむろは「別にカラオケに行きたかったわけじゃないけど、みんなの誘いを断るのはちょっとつらかったね。」と言う。「なんて言って断ったの?」ときくと「体の調子が悪いから。」

それをきいて私は反省した。「早く帰ってきてね。」という一言はあまり深く考えずに言っている言葉だ。いつも帰りが遅いから、今日ぐらいは早く帰ってきなさいとか、体に良くないから早く帰ってきなさいとかいう意味はその裏にはない。オランダにいると極端に夜遊びが少なくなる。それはそういう機会も場所もあまりないからだ。サラリーマンがオランダで夜遊びをするにはこういった「送別会」や会社の飲み会なのでの2次会しかない。(もちろん、そんなのなくても毎日飲み歩いているつわものもいるけれども)

日本でのむろを私は知らないから、そういう機会や場所が山のようにあるときのむろの行動はわからないけれども、多分、そんなに毎晩遊び歩くようなタイプではないと思う。だからオランダでそういう機会がないことが「つらい」と思ってるわけでもないだろう。けれどもたまーにある会社の飲み会くらい、好きなだけ参加したいと思っているんじゃないかと、私はやっと気がついた。

私の「早く帰ってきてね。」は「一人で家にいてもつまんないから早く帰ってきてね。」なのである。そんなもん、ちょっとくらい我慢しなきゃいかん。どうせほとんど毎日一緒だし、週末だって一緒だ。私たちは友達が共通だから遊びに行く時も一緒だ。私がしたい、と思うことにむろは絶対に反論しない。数々のイベントもすべて私が計画して、むろには事後承諾を取っている。でもむろはいつだって「いいよ。」と言ってくれる。

そんなむろが、月に一度あるかないかの飲み会で2次会も出られないで帰ってくるなんて、そりゃあんまりだ。・・・と、思いました。

以上、むろ妻の反省でした。
明日はマーストリヒト一泊旅行!たーのーしーみーだー。

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