Diary

          ++ いつもNicoNico元気よく++




2003年 4月
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 日記。
2003年4月の日記です。


復活! 2003. 4. 22. Tue


皆様お久しぶりです。猫部屋日記、復活です。出産を終えてからはや2ヶ月が経とうとしてますが、いまだに毎日があわただしく過ぎていってます。赤ちゃんの世話をしていると、時間が経つのがむちゃくちゃ早い。出産前より起きている時間は絶対長いのに、一日があっという間に過ぎていくのさ。でも、一日でやれることは出産前の半分にも満たない。ああ、一日が48時間だったらいいのに。・・というよりも、りっきーが一日12時間くらい寝てくれればいいのに、と言うほうが正解か。 
 
それではここで新米ママの一日を公開しよう。 
 
朝、だいたい7時前にりっきーの「うううん!ぐぇっ。うごっ。ふがっ。」というような、赤ちゃんにあるまじき唸り声で目が覚める。眠い目を無理矢理こじ開けて、りっきーにぱいぱいを加えさせる。(ここで油断するとまた眠ってしまって、ぱいぱいがりっきーの口から外れてシーツにぱいぱいの水溜りができるので注意。)ぱいぱいをあげたあとリビングに降りていって、オムツを取り替えた後、りっきーをなだめすかしながらむろの弁当作成。 
 
むろを8時前にたたき起こしてりっきーを預けて、弁当の続きと朝飯の用意。まず、りっきーを受け取り、むろに食わしてからその後りっきーをまたむろに返して私が食事。時間があればむろにりっきーを預けたまま朝のトイレタイム。むろが8時半前に出勤すると、りっきーを寝かせるための試行錯誤が始まる。だっこしてゆすったり、ぱいぱいをあげてみたり、おなかの上に乗せてみたり歌を歌ってみたり。だいたい1時間くらいかかって寝かせつけるが、運が悪いと10分で起きてしまうこともあり。 
 
寝付いたら、やらなきゃいけないことをとりあえず優先順位の高いものから猛スピードで片付け始める。掃除はいつも優先順位が低いので、引越ししてからいまだに2回しか掃除ができていない。テレビを横目で見つつお煎餅をかじりながらネットサーフィンをしていた妊娠中が懐かしい・・。 
 
りっきーが泣き出すとタイムオーバー。ぱいぱいあげて、オムツ取り替えて、またもや寝かせるための試行錯誤に取り掛かる。そんなこんなですっかり日は暮れ、気がつくとむろが帰宅。お帰りのあいさつも早々に、むろにりっきーを預けて夕食の準備。とにかく早く簡単に作れるものをちゃちゃっとつくる・・のが理想だが、手際が悪いため、時間がかかり、その間りっきーはぐずりまくって、食事をするころにはむろはヘトヘト。 
 
朝食と同じく、むろと私でかわりばんこにりっきーの相手をしつつ食事を済ませて、その後ソファーでぐったり。しかし、戦いはまだまだ終わっていない。8時を迎えると、それは「魔の時間」。なぜだか知らないがりっきーは8時から30分ほどのあいだ、おむつを替えても、ぱいぱいあげても、だっこしても、あやしても、泣き止まないのだ。 
 
「魔の時間」が過ぎると疲れ果てて寝に入るりっきー。ここぞとばかりに私はネット、むろはテレビもしくは家のことなどをお互いそそくさと始める。そして11時ごろにりっきーをお風呂に入れて、ぱいぱいを与えて、私とりっきーはそのまま消灯。むろはその後お皿洗いを済ませてから消灯。夜中一回りっきーにぱいぱいをあげて、朝7時前くらいに「うううん!ぐぇっ。うごっ。ふがっ。」で目が覚める・・。 
 
こんな大変な思いをして育ててるんだ。いい子に育たなかったら母ちゃんがぐれてやる。



べいびーず。 2003. 4. 23. Wed


クリックで拡大表示 ( .jpg / 35.3KB ) 先週の日曜日、南部の新米ママ仲間、ふぉちゃんのうちに妊婦のとしみんと遊びに行った。同じく新米ママ仲間のうっしーも参加して、新米ママ&パパ3カップル、3人のべいびーずに妊婦一人という、なかなかにぎやかで楽しい集まりになった。(写真はクリックすると大きくなるよ) 
 
ふぉちゃんのべいびーはセレナちゃんという、まさに「フランス人形みたい!」って感じの、超!美形の女の子。りっきーの3週間後に生まれてるのに、とっても大きくなってて、ほとんどりっきーと大きさが変わらない。きっと背の高い子になるんだろうなぁ。 
 
うっしーのべいびー、ケイシーくんは、予定日が一番遅かった分、まだ小さいけれど、顔のパーツパーツがはっきりしたまさに「ミックス顔」。きっと将来いい男になるんだろうという予感が・・。セレナちゃんもケイシーもパパがオランダ人の「ダブル」だけど、(今は「ハーフ」とは言わないのだ!)それぞれ混ざり具合が全然違ってて面白い。セレナちゃんは多分パパ寄りのダブルでケイシーくんはママ寄りか?でも、ママもちょっと日本人離れした(ちょっと東南アジア系の濃い顔立ちだと私は思うのだ)顔立ちだから、なんか不思議な感じに混ざってたな。うちのりっきーは彼らと比べるとしみじみ日本人やのう、と実感。私が韓国とのダブルだけど、そんなもん、判るわきゃないわな。(笑) 
 
とにかく二人ともめっちゃ可愛い。そんなダブルのベイビーの成功例を見せ付けられたとしみん、ちょっと焦り気味。としみんの旦那さんもオランダ人だから、当然としみんのベイビーも「ダブル」。旦那が欧米人だったりすると、必ず外野から「いいわねぇ、ハーフの赤ちゃんってかわいいのよね!」って決め付けられたようなことを言われるんだよね。だから結構プレッシャーなんだってさ。「可愛くないハーフの赤ちゃん」だったらどうしよう・・って。(笑)としみん大丈夫、赤ちゃんはみんな可愛いから。(その後は知らんが・・。) 
 
誕生日がほぼ1ヶ月にまとまる3カップルだから、話題がぴったり合って、色んな話をしてるあいだにあっという間に日が暮れた。疑問も不安も喜びも、ほとんど同じだからね、話が合わないわけはない。残念ながらふぉちゃんは旦那さんの仕事の都合でオランダを離れることになってしまったけれど、これからはメールで色々情報交換しようね。 
 
「セレナちゃん、超美形!」「ケイシー、すっごいかわいいー!」「りっきーも男前やん!」などなど賛美の言葉が飛び交う中、それぞれの心の中では「うちの子が一番かわいいな。ふっ。」と思っていたのは言うまでもありません。(笑)



消えた・・。 2003. 4. 24. Thu

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書いたんですよ。長編を。昨日、ロンドンから友人のりつこが遊びに来ましてね、昔話に花が咲いたんです。で、思い出したのが二人で参加した暴走族の集会のお話。すっごくおかしなはなしだったから、ぜひ日記で紹介しようと思ってね。ところが今日に限ってりっきーとのタイミングが合わなくてね。書いてはあやし、書いてはあやし、なんてやってたらすっかりゆうがたになっちゃって。それでもがんばって書き終えて、さあこれで送信だ!ってところで、押しちゃったんですよ。押してはいけないボタンをね。ふっ・・。 
 
そんなわけで私の努力の結晶、「潜入!暴走族24時!」(仮題)はまたの機械に。(投げやり) 
 
あ、この写真はりつこがもってきてくれたお土産。かわいいでしょ。



最近のNico。 2003. 4. 25. Fri

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りっきーが生まれてから、Nicoの様子はどうなの?という質問を受けます。確かに最近、Nicoの話題が少ないね。まあ、しょうがないっちゃしょうがないんだけど。りっきーが来てからのNicoは、一言で言うと、「大人になった。」でしょうか。やっぱり、誰でも「弟」や「妹」ができると成長するものなのかな。 
 
初めの頃、Nicoは陸玖の存在を認識することができなかったみたい。あまりにも小さくて、自分とも、はたまた私たちとも違うこの生き物を、Nicoは認識することができなかったよう。実際、私がソファーでおっぱいをあげていると、私に甘えるために乗ってきて、りっきーを踏んづけてしまったことが何度かあった。そのたびに怒られて、でも何で怒られてるかわからないような顔をする。Nicoとしては、りっきーは私にくっついてるぬいぐるみくらいにしか思っていなかったようだ。 
 
以前子猫を家に連れてきた時、Nicoの反応はものすごかった。毛を逆立てて威嚇して、においを嗅いだり、うなったり。とにかく、興味津々だった。3−4歳くらいの人間の子供が家にきたときは、近づいていって、「降参」のポーズをとった後、「遊んで!」といわんばかりに尻尾を立てて、子供の周りをくるくる歩いたりした。でも、りっきーのことは、思わず踏んづけてしまうほど、りっきーが目に入っていなかった。 
 
それでも、だんだんりっきーもしっかりしてきて、存在をアピールするようになってきた。泣き声も大きくなり、動きも激しくなる。そうするうちにNicoもりっきーを認識し始めて、時折私がおっぱいをあげていると、りっきーの頭のにおいを嗅いだり、じっと見つめるようになったりした。もう、おっぱいをあげている私に甘えるためにりっきーを乗り越えるようなことはしなくなった。それどころか、おっぱいをあげているときは私に近寄ることはしなくなった。 
 
夜、みんなでベッドにいると、りっきーは私の横、Nicoはむろの上、というポジションをとる。はじめのうちは私の寝ているそばに寄って来てすりすりしていたが、りっきーの存在を認識した今は、むろの上かむろの足元でしか寝なくなった。「このベッド右半分は僕のテリトリー、左側はどうやら駄目らしい。」と理解しているようだ。 
 
この家に引っ越してきてから、Nicoは外遊びを覚えた。はじめは囲われた庭の中だけ、最近は庭の外へ出て、近所を探検しているらしい。やはり猫だけあって、夜になると行動が活発になる。夜外に出るとなかなか帰ってこない。でも私たちが寝る前に、庭に出てNicoの名前を呼ぶとほぼ確実に帰ってくる。昨晩Nicoは初めて帰ってこなかった。むろは落ち着かない様子だったけれども私は疲れていたのでそのまま寝てしまった。朝方目を覚ましたらむろは横のナイトスタンドをつけたまま、めがねをかけて寝てしまっていた。多分寝る前にもう一度Nicoを探しに行こうとして、そのまま寝てしまったようだ。むろに、「電気ついてるよ。」と声を掛けたら起き上がって下に下りていった。Nicoが帰ってきているかどうか不安だったのだろう。下に行くとNicoはちゃんとドアの外で待っていた。 
 
あんなにやんちゃだったNicoはりっきーの到来とともに少し、大人になった。時々Nicoはおっぱいを飲んでいるりっきーをじっと目を細めて見ていることがある。その時のNicoの顔は本当に大人びている。 
 
猫も人間も同じだ。自分より弱いものが現れた時、大人へのステップを一段上がるのだろう。今度はりっきーの番。はやくりっきーがNicoを認識して、一緒に遊ぶ姿を見てみたい。



カナシイココロ。 2003. 4. 28. Mon

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先週の土曜日、ハーグに住んでいた怪獣一家が日本に帰国した。怪獣父は駐在員だから、いつかは日本に帰ることはわかっていたけれど、ちょっと急な話だったので、ショックだった。 
 
京子ちゃんのホームページ、「暇暇」で知り合った怪獣一家。なんで「怪獣」なのかというと、当時2歳になったばっかりの長男が、そりゃあもうやんちゃ盛りで、初めて会ったときもまるで怪獣のように吠えまくっていたから、怪獣とあだ名をつけ、じゃあ、そのお父さんとお母さんだから怪獣父と怪獣母と呼ぶようになった。 
 
怪獣父母はとにかく宴会好きで、そして仕切るのが上手だった。オフ会には欠かせないこの一家。私とむろの結婚の話をしたときも、「じゃあ結婚パーティーをオフ会にしてしまおう!」と言い出したのもこの二人。もと総務の怪獣母とばりばり営業マンだった怪獣父の最強コンビはあれよあれよといろんなことをまとめて、本当に短期間でいろんなことを準備して、すばらしい結婚式にしてくれた。この二人がいなかったら私たちの結婚式はあれほどいいものにはならなかったと思う。 
 
料理上手でもてなし上手な怪獣母はいつもオフ会で私たちに美味しい料理をふるまってくれて、朗らかかで明るい怪獣父は次から次へと色んなオフ会のアイディアを提案して私たちを退屈させなかった。やんちゃできかん坊だった怪獣も、だんだん成長して、会うたびにかわいらしい声で「こんにちわー!」とあいさつができるまでになった。 
 
そんな怪獣一家が去ってしまうことになって、親しい仲間で空港にお見送りに行った。みんな寂しくて悲しかったけど、なんとかぎりぎりまで涙を見せないように明るくふるまっていた。気丈な怪獣母も軽口をたたいていたけれど、それでもやっぱり最後のお別れの場所でみんな泣いてしまった。 
 
海外に住んでいると必ずやってくる、別れの数々。日本を離れて寂しい気持ちを癒し合った仲間だからこそ、短期間でも絆は強く、その分別れは寂しい。でも、必ずまた会えるから、笑ってお別れを言おう。そう思っていたんだけど、なかなか難しいね。 
 
誰に教わったのかは知らないが、怪獣が腕時計をみるといつも「カナシイココロ。」とつぶやいていた。そんな言葉が頭の中からこびりついて離れなかった週末だった。 
 
でも、また会える。怪獣一家、元気で。今度会うときは、日本でオフ会だね。一緒に美味しいものたくさん食べよう。それから、今まで、本当に、ありがとう。 



でんわ。(怒りのあまり長編です。) 2003. 4. 29. Tue


今日、電話工事が完了する・・はず。オランダではこの電話工事ほど予定通りに行かないものはないのだ。今回の私たちの引越しも、予想通りこの電話工事に引っ掻き回された。 
 
オランダで引越しが決まってまず、行わなければいけないのは電話会社、KPNへの報告と手配。私たちは1ヶ月前に引越しが決まったので即座に町のKPNショップに出向いて、ふるい電話番号から新しい電話番号への切り替えをお願いした。今度からは家で仕事をすることになったので、電話線は私の会社持ちにしようと思い、今までのむろ名義の電話番号をキャンセルして、私の会社名義の電話番号に切り替えなければいけないのだ。 
 
法人名義で電話番号を取得するには、商工会議所の登録ナンバーが必要なので、そのコピーを見せて、手続きをお願いした。全て完了した後、窓口のお姉さんが「じゃ、4月7日から使えるようになるから。」と言った。さすがに1ヶ月も前に手続き終了しておけば大丈夫だろうと安心した。 
 
しかし、予期せぬことが起こったのだ。次の日、大家との契約締結にでむくと、大家が「電話なんだけどね、うちの電話はISDNが引けるようになってるんだ。ISDNにすると、4本の電話番号がもらえるよ。家で仕事をするならその方がよくないか?」と言って来た。そりゃあいい。じゃあ、変更しよう、と帰りがけにKPNのショップに出向いた。すると窓口のお姉さん、「そういう変更はここじゃできないから、この番号に電話して。」という。これが全ての始まりだったのだ。 
 
家に帰って電話をする。まず、「電話線をひきたい方は1。クローズしたい方は2。変更したい方は3・・」というような質問の数々をクリアして、やっと行き着いた先のお姉さんに「お願いしていたアナログの電話線のインストールをISDNに変更したいのですが。」と説明すると「ここの番号ではできませんのでこの番号にかけなおしてください。」といわれる。その電話番号を書き写して、電話をかけなおすと、またもや「電話線を引きたい方は1.クローズしたい方は2・・。」の質問の数々をクリアしなくてはならなかった。そして行き着いた場所で、事情を説明すると、「ここの番号ではなくて・・。」と、先にかけたほうの電話番号を言われる。「それ、さっきかけたらこっちでお願いしてくださいって言われたんですけど。」というと、なんとお姉さんはこういった。「あらそう、じゃあ、こっちでやりましょう。」・・・おい。 
 
それから2日後、KPNから手紙が届いた。変更された手配書だ・・と手紙を開けて確認。「電話線の種類:アナログ」おい。なんも変更されとらへんじゃないか!!!あわててKPNに電話をかける。またもや数々の質問をクリアして、やっとたどり着いたお兄さんに「ISDNって言ったのに、アナログラインになってるんですけど!」とぶつけてみる。するとお兄さん、「そうですか、じゃあ、変更しましょう。」とあっさり。(ここで「申し訳ありませんでした。」なんていう返答を期待してはいけません。)お兄さんが「ISDNの場合、サービスマンがそちらに出向かなきゃいけませんので、電話線開通日が変更になりますよ。」という。そーか、やっぱりな。こうやってどんどん遅れていくんだよな。 
 
そして無事に引越しが終わり、それから4日後の金曜日の朝、KPNのサービスマンがやってきた。壁の中から電話線を引っ張り出して、工事を始める。この家についていたISDNのボックスをあけて接続。ここまでは妙にスムーズだ。しかし、そのままで終わるわきゃない。ちょっと、と呼ばれていくと「このISDNのボックス、壊れてるね。」と一言。「壊れてる、ってどういう意味?」と聞くと、壊れてるものは壊れてるんだよ、だから電話線つなげないよ。と言うじゃありませんか。 
 
「ISDNのラインは入ってるんだから、あとはショップで新しいISDNのボックスを買って、自分で接続すればいいんだよ。プログラミングをしなくちゃいけないけど、そんなの簡単だからすぐできるよ。」といいつつ、サービスマンは既に工具をしまっていた。 
 
ぐったりしながらも、りっきーを連れてまたもやショップに走る。ショップで新しいボックスを購入して家に戻り、オランダ語の説明書と奮闘しつつ自分で接続してみる。だが、当然のように電話はつながらない。本当に壊れてたのか?新品なのにつながらないなんておかしいじゃん!ムカムカしながらKPNに電話をかけて、文句を言うが、電話に出た姉ちゃんは「それでは新しい工事の日にちは1週間後の木曜日です。」と冷たく言い放つ。こういうとき「それじゃ困るんです!もともとは今日だったんだから、すぐ来てください!」と言っても無駄なのだ。 
 
それからまた1週間の電話のない日々がすぎ、やっと木曜日。次に来たサービスマンはやたら体のでかい、なのにぴちぴちしたTシャツをきて、かがむとハンケツが出てしまう長髪のお兄ちゃん。しかし、ハンケツ出しながらなかなかいい仕事をしてくれた。どうやらつながらなかった理由は、この家に入り込む電話線がおかしくなっているからだという。「え?じゃあ、このボックスのせいじゃなかったの?」ときくと、「うーん、どうかなぁ。このボックスも古い型だからねえ。壊れてるかもしれないけど。」と言う。もし、このボックスのせいじゃなかったら、新しいボックスを購入した分のお金はKPNに請求しようと思っていた。しかし、そのお兄ちゃんが帰るときにはまだ電話線がつながれていない。「今、KPNが電話線を修理しているから、今日の夕方にはつながるよ。」ということなのだ。だから、この場でそのボックスが壊れているかいないかは調べられない。 
 
結局その日の夕方、電話線は予定より3週間遅れで開通した。壊れているといわれたボックスが本当に壊れているかどうか調べるのももう面倒くさくなってやっていない。そして、今日、上の仕事部屋に電話線を動かしてもらう工事をお願いしている。これで、台所で仕事をしなくても済む。「今度の工事は2時間はかかるから、朝一番でうかがいますよ。」と電話口のお姉ちゃんは言っていた。だから、仕事場で寝ていたりつこに今朝は早くおきだして部屋をあけてもらった。しかし、今現在(10:08)まだサービスマンは現れていない。はたして無事、今日工事は終わるのだろうか。 
 
明日は祝日なので更新はありません。それから明日はうちの母ちゃんの誕生日。おめでとー。