Croatia, August 12-23, 2004

〜クロアチア世界遺産の旅・その2〜

大自然の芸術品。

りっきは人気者。

トルコでもそうだったが、今回もりっきはスター並みの人気者だった。暖かい場所の人たちは子供が特に好きなんだろうか?クロアチア人も子供が大好きのようだが、もっとすごかったのはイタリア人。ドブローニクにはイタリアからたくさんの観光客がやってくるので有名なんだが、とにかく道行くイタリア人、りっきを見ると大騒ぎ。歓声をあげる、いきなりキスする、りっきの頭をなでる、りっきのおなかをなでる、写真を撮る、抱き上げようとする。みな口々に「ママミーヤ・ベッロ・バンビーノ」(多分、なんてこったい可愛いがきんちょだ!って意味だと思う。)と言いながらさまざまな反応をする。りっきに甚平を着せて旧市街に行った日はすごかった。「ア・リトルサムライ!」とか「キモノバンビーノ!」とかなんとか言ってすごい勢いで写真を撮られた。あの日はいったい何枚撮られただろう。

街を歩いても、レストランで食事をしていても、ビーチにいても、プールにいても老若男女問わずりっきに熱い視線を送ってくる。ある日プールサイドでりっきと遊んでいたらえらくセクシーなイタリア人女性がやってきてりっきに近づいてきた。あまり英語が得意ではないらしく、たどたどしいが「名前はなんていうの?」ときいてきた。「りっき。」と答えると、「は〜いりっき。アイ・アムフランチェスカ。」とりっきに手を伸ばす。そして「あなたの国の言葉で『キス』ってなんていうの?」ときかれた。ちょっと考えて「ちゅー。」と教えた。(だってりっきは『ちゅー』っておぼえてんだもん。)するとセクシーダイナマイツ、フランチェスカはあろうことか1歳6ヶ月のりっきに「りっき、ギブミー『ちゅう』」と口をとんがらして来たではないか。これにはお母さんもびっくりさ。しかしたとえ相手がどんな美女であろうと、知らない人とはむやみに『ちゅう』をしてはいけないと日ごろから厳しくしつけられている(んなわきゃない)りっき、このフェロモン女の誘いを完全無視。フランチェスカは「今までどんな男にもこんな媚びたことはないのよ!」といった風にさらにりっきに近づいていくが、りっきは避けるように遠のいている。そばで見ていたむろはきっと「俺でよかったら・・。」と思っていたに違いない。結局フランチェスかはりっきに無視されたまま寂しそうに帰っていった。なんだったんだ。

誰ですかこのおじさん。実はこれ、フランチェスカのお兄さん。家族そろってりっきにメロメロだったらしく、このお兄さんは次の日もりっきを見つけると寄ってきて一生懸命りっきの相手をしてくれました。

 

ビーチにて。多分10歳くらいのそりゃあもうかわいらしいイタリア人の女の子。ぜひ連絡先教えてください、りっきの嫁候補として登録しておきますから、っつーくらい可愛かった。フランチェスカには見向きもしなかったりっきも、彼女には愛想よし。

 

日本人の子供が珍しいんだろうけど、とにかくどこに行ってもスター並みの人気者で、親としては大変気分がよかった。自分の子供がちやほやされるってのは、自分をちやほやされるよりも気持ちがいいもんだ。うひひ。

旧市街を上から見てみよう。

ドブローニク の旧市街は城壁で囲まれている。この城壁、2キロほどの長さがあるのだが、城壁の上を歩いてまわることができる。青い海と空とオレンジ色の街のコントラストの美しい景色もいいのだが、高いところで25mも高さがある城壁の上をあるくのはなかなかスリリングで面白い。(高所恐怖症のむろっちにはかなりつらかったみたいだけど)のんびり歩いても1時間から1時間半という距離だけど、大変おすすめな場所です。

城壁。結構道が狭くてどきどき。

怖くて下は覗けません・・。

 

プリトヴィッツェ湖群国立公園。

楽しかったドブローニクでの7日間はあっという間に過ぎて、とうとう去る日がやってきた。実際、ドブローニクの滞在はとても楽しくて、あと3日間あるんだから予定変更してこのままここにいようか、と思ってしまうほど楽しかった。後ろ髪をひかれる思いで空港に向かい、ドブローニクを後にした。また絶対いつか来たい。素晴らしいところだった。

ドブローニクからザグレブに戻り、そこから南下してプリトヴィッツェ湖群国立公園に向かう。実はこの時点でまだどうやって国立公園に行こうか決めていなかった。選択肢はバス・タクシー・レンタカー、この三つ。車じゃないといけないってことよ。電車は通ってないらしい。バスだと3時間かかる、とガイドブックに書いてあった。バスでもいいんだけど、3時間りっきがおとなしくしてくれるかどうかが問題だ。車を借りればりっきが愚図ってもうちらだけだから気にならないし・・でも向こうで車は必要ないわけで、行き帰りのためだけに車借りるのは馬鹿らしいよな〜。タクシーを交渉してみるかな〜と色々考えていたのだけれど、結局バスで行くことにした。りっきが愚図る愚図らないはともかくとして、一番確実で安いもんね。片道3時間のみちのりを、なんと1000円ほどでいけるんだから。

国立公園行きのバスはザグレブの市内にあるバスターミナルから出ているという。空港からバスターミナルまでは飛行機の発着に合わせてクロアチア航空がシャトルバスを出してくれている。(1人100円程度)それに乗って20分ほどでバスターミナルに到着。切符売り場に行って国立公園行きのバスは何時に出るのかと聞いたら一時間に1本の割合で出ているということ。次のバスは20分後だ。バスの中で食べるサンドウィッチやスナック、水を買っていたら時間になった。長距離バスだからトイレがバスの中についてるだろうと思っていたがないことが判明。あわててトイレに駆け込んだ。バスは日本のスキーバスみたいな感じでなかなか快適。心配していたりっきの愚図りも、乗って30分後にはお昼寝をしてくれたので、問題無しだった。3時間、と聞いていたが実際には2時間でついた。このバスの運ちゃん、かなり飛ばし屋だったので、普通より早くついたのかも。途中で何度かバス停に止まったけど、時間ずれずれだったりしてんだろうなぁ。いいのかそんなにいい加減で。

景色がだんだん公園ぽくなってきたところでいきなり目の前に国立公園の看板が。バスが止まってバックパッカーらしき人たちが何人かバスから降りていく。とにかくアナウンスも何にもないから、勘だけが頼りだ。とりあえず急いでりっきを抱き起こし、荷物を担いでバスを降りる。一応運転手に「国立公園はここでいいのね?」ときいてみると「そうだ」ということ。スーツケース、バギーを出してもらって、バスは去っていった。バス停から少し離れたところに国立公園の入り口とインフォメーションセンターがあった。まずはホテルにチェックインしなくちゃいけないから、インフォメーションセンターでホテルがどこにあるか確認しようと歩いていった。

すいません、ホテルジェゼロに行きたいんですけど、とインフォメーションのおばさんに聞くと、「ホテルジェゼロはここから2キロ先よ。」との返事。え?2キロ?あれ、バス停のすぐそばだって聞いたんだけど・・というと、「あら、あなたバス停一つ早く降りちゃってるわよ。ホテルのバス停はこの次よ。」がーん。「じゃあバス停で待って次のバスに乗ります。」と言ったら「載せてくれないと思うわよ。そんな短い距離じゃ。」そ、そんなぁ。じゃあどうすればいいのさ。りっき抱えてスーツケースもってバギーを押して(その時点でりっきはバギーに乗りたくないモードに入っていた)の2キロって結構つらいよ。それに、あの道路、歩道がないんだよね。りっきを抱えたまま途方にくれた私の様子をみて、インフォメーションのおばさんはタクシー会社に電話を掛けてくれた。が、「今出払ってるって。一台しかないからね、ここら辺じゃ。」ほんとかよ・・。するとその会話を聞いていたおじさんが私に声をかけてくれた。「ホテルに行くの?僕たちもこれからその辺行くから、乗ってく?」本当ですか?ありがとうございます!助かった!よかった!でも、私たちのほかに旦那と荷物があるんですけど大丈夫ですか?ときいたら「大丈夫だよ。」とのこと。よかったよかった。外に出て荷物番をしていたむろに話すと、びっくりするやら喜ぶやら。しかし一緒にでてきたおじさんが奥さんらしき人に「この人たちがね・・。」と事情を話し出すやいなや、奥さんの顔が曇りだし、「ちょっと待っててね」と言って2人でその場を離れていった。なんか雲行きが怪しいかも・・と思っていたらおじさんが戻ってきて「僕の車にはその荷物は多分入らないよ。トランクには私たちの荷物が一杯でね・・。」さっきと話が違うでないかい。奥さんに反対されたんだな。もっと人を信じようよ。ふん。

すごすごとインフォメーションに戻ると、さっきのおばさんが「あれ?」という顔をした。「断られちゃいました、結局・・。」というと、「そうか・・じゃ、ちょっと待っててね。」とどこかに電話し始めた。少し話したあとに電話を切って、私に「私の同僚が彼の車でホテルまで送ってくれるって。だからそこで座って待っててね。」と言ってくれた。ああ、神様仏様インフォメーションのおばさま!ありがとうございました・・。

無事、ホテルまで送り届けてもらってチェックイン。たった2キロの道のりだけど、助かったよほんとに。皆さん、国立公園行きのバスに乗るときは、ホテルに泊まるなら、国立公園に入ってから二つ目のバス停で降りましょう。

 

大自然。

このプリトヴィッツェ国立公園は大小16の湖と92箇所の滝がある、世界的にも貴重な湖群公園だ。ガイドブックによると、1979年に世界遺産に登録された。しかしその後の1991年のクロアチア独立戦争の際に激しく被害を受け、一時は「危機にさらされている世界遺産リスト」に加えられたほどだったが、現在ではもとの姿をとりもどし、リストからもはずされたという経緯がある。

私がクロアチア旅行の第二番目の目的地としてここを選んだ理由は、ガイドブックに載っていた写真がとってもきれいだったから。ほかにもクロアチアにはいくつか世界遺産があるのだが、寺院や街、宮殿や史跡など、人類によって作られた遺産ばかりだ。この公園が唯一、自然遺産として登録されているということが決め手となった。人類の遺跡のあとは、自然の遺跡。バランスのいい旅程だ〜。(自画自賛)

この公園では2時間コース、3時間コース、4時間コース、5時間コース、と時間別にハイキングルートがプランとして立てられている。ついた日はすでに2時を回っていたので2時間コースを回ってみようということにした。このコースは公園の一番奥までバス(エコロジーバス)で行って、そこから歩いて戻ってくる、というコースだ。バスを降りてちょっと行ったところでその景観は広がっていた。三途の河ってこんな感じなのかな?って思うような、幻想的な景色だった。

 

エメラルドグリーンな湖水。

 

なんちゅー透明度でしょう。お魚うじゃうじゃいました。

 

2時間コースはずっと下りだったので楽チン楽チン!なんて余裕で歩いていたら、途中でりっきが眠くなり、眠るりっきを交代で抱っこしたまま1時間くらい歩かなくちゃいけなくなってしまったので、結局ホテルについた頃はへとへとになってました。バギーなしでの長時間散歩は危険だ・・。明日はりっきが眠くなったら寝かせられるようにバスタオル持参でこようと話し合いました。

次の日はホテルの朝食でくすねたパンとチーズや果物のお弁当もって、準備万端で朝からハイキング。途中で案の定眠くなったりっきを持ってきたバスタオルの上でお昼寝もちゃんとさせて3時間コースをのんびり一日かけて歩き回りました。この公園はコースをよく見て計画を立てれば坂も少ないし、階段も少ないので足の悪い人や車椅子の人、バギーを押している人もたくさんいました。小さなお子さん連れでも全然平気よ。これからクロアチアに行くという人にはぜひおすすめしたい・・ですが、ただし、行き方にちょっと難有り。というか、帰り方?私たちは前に書いたとおり、バスで着たんだけど、行きのバスはちゃんと時間通り始発を出発したけれど、帰りはひどかった。まずホテルから結構バス停があったことと、バスが全く来なかった。「1時間に1本来ますよ」って言われて、バスの時間10分前にはバス停に到着していた私たち。待てど暮らせどバスは来ず。途中でタクシーがバス停に止まって、「バスは来ないよ。いや、来るけどいつも遅れてる。タクシーでいかない?ザグレブまで900クーナ(110ユーロくらい?)でいいよ。」と誘いに来た。「いいです。バス待ちますから。」と言って断った私たちだけど、その後もタクシーの運ちゃんが言うとおり、全くバスは来ず。結局1時間以上待ったところでまたもやさっきのタクシーが。「やっぱり乗る・・。」と結局タクシーでザグレブに帰ったのでした。あのバスは、行きはよいよい帰りはこわいバスでした。レンタカーか、ザグレブから出ているバスツアーなどを使っていくことをおすすめします。

この公園の景色をもっと見たい!という方はこちらをどうぞ。特にコメントもつけてませんけど・・。

清らかな流れってこういうのよね。

清らかな寝顔♪

旅の終わりに。

国立公園に向かう途中のバスの窓から、屋根だけ吹っ飛ばされたような家が何軒か立っているのが見えていた。公園に近づけば近づくほど焼けたような、破壊されたような、明らかに自然の力でその形になったとは思えないような家が何軒も何軒も立っていた。公園まであと10分、というところに来たところに、大きな廃墟が立っていた。元の建物はなんだろう。結構大きな建物だから、教会か、学校か、といった感じだ。

初めはまさかでもひょっとして、と思っていたが何軒も何軒も目撃していくうちにそれは確信にかわった。これらの建物はみな全て先の独立戦争で破壊されたものだ。クロアチアに内戦が起きたことは一般常識として知っていた。でもそれがいつだったのか、なぜ起きたのか、どのくらいの規模だったのかは全く知らなかった。恥ずかしい話、それが旧ユーゴからの独立戦争であったことすら知らなかった。戦争が起きたのは1991年、まだ13年しかたっていない。13年前と言ったら私が六本木で遊び狂っていたころではないか。私の人生の中で一番楽しくて、熱くて、キラキラしていて、そして無駄だったあのころ。ここでは戦争が起きていた。弾が飛び交い、人が傷つき死んでいた。そんなの、当たり前のことだ。だけどこれらの廃墟はあまりにも生々しかった。

とにかく、クロアチア、おすすめです。ぜひ、遊びに行ってみてください。

おしまい。